再生プラン考

●以下は、ぐりーん&らいふ2012年冬号に掲載された報告「森林・林業再生プラン考」です
  

  

林業を振興させる再生プランの実行を


 森林・林業再生プランは、東日本大震災の影響もあって当初は多少のもたつきが見られたものの、関係者の努力によってようやく軌道に乗り、不振にあえいだ林業界に展望がひらけたのではないかと思っていた。しかし、先日のNHK・クローズアップ現代で放映されたように、たちまち材価の低迷を招いてしまった。 その原因は川下側でのパイプが詰まったためであり、そのパイプを太くするためには中流から川下でのシステムの改良とともに、需要側のニーズに合わせた川上側の供給内容の改善、さらには新たな需要の開拓が不可欠であるという。最後の需要の開拓の例としては公共建築物に木造を取り入れる法律の施行や川上側あるいは中流部で付加価値をつける努力が知られている。それぞれの部分でいっそうの努力が望まれるが、私は川上での森林・林業再生プランについても若干の危惧を抱いている。公益的機能の重視ばかりを謳っている森林・林業基本法はもう古い。これからは再生プランの時代だ。・・・このようにお考えの読者がおられるなら、本稿を是非ご一読いただきたい。   

  

福島第一原発事故に思うこと

 東日本大震災の巨大津波による福島第一原子力発電所の事故で重大な放射能汚染が発生し、「脱原発」が今回の衆議院議員選挙の重要な争点となったが、原子力発電の開発・利用は現代社会の増大する電力需要を解決する切り札として登場したエネルギーに関する課題としてとらえられてきた。そのため、原子力発電所の設置に当たって防災対策やテロ対策を考慮はしたものの、国民の視線の大部分はあくまでもエネルギー問題の解決策としての面に向けられていた。しかしそのエネルギー問題の解決策が、これまでまったく別の範疇に属する問題と考えられていた日本の国土の防災問題と真正面からぶつかった結果として発生したのが福島原発事故なのである。
 私はこれまで、地球温暖化や生物多様性の喪失に代表される地球環境問題を解決して持続可能な社会を構築するためには、日本人は、プレートの沈み込み帯に成立した温帯モンスーンの島国すなわち激甚な災害が発生しやすい自然条件と、先進国ではあるが過密かつ人口減少に向かう社会条件の下で、地下資源に過度に頼らぬ方法でそれを進めていかなければならないと強調してきた。したがって、今後100億人に達するかもしれない人類社会が平等に幸せな暮らしを実現するために、仮にある期間は原子力発電に頼らざるを得ないとしても、福島県での森林除染の実情等を考慮するまでもなく、放射能汚染に「減災」の考え方は適用できないので、その立地はより安全な地域で考えるべきであり、少なくとも日本のようなプレートの境界地域では難しいだろうと思っている。   

  

木材生産は重要な多面的機能の一つ

 さて、森林・林業の問題に移ろう。再生プランを議論する前にもう一度、森林・林業基本法を復習して欲しい。明治時代に始まった日本の近代化以降、森林行政は三つの曲がり角を経験した。一度目は国土保全政策の推進を柱とした1897年の森林法の制定で、治水三法の一翼を担った。二度目は1964年の林業基本法の制定で、河川法の改正(新河川法と呼ばれる)や農業基本法の制定とともに高度経済成長を支える役割を果たした。そして三度目が地球環境問題を克服して持続可能な社会を構築することを森林・林業界が宣言したとも言える森林・林業基本法の制定で、これは河川事業に正式に環境保全事業を組み込んだ新河川法の改正、農業・農村の持続可能な発展を目指した食料・農業・農村基本法の制定とともに持続可能な社会の構築に資する21世紀の法体系と言える。中でも森林・林業基本法は「森林整備の第一目的は森林の多面的機能の持続的な発揮である」として、生物多様性保全や地球温暖化防止にも貢献することを表明しており、優れた理念法である。この枠組みはそう簡単に変わるものではない。
 しかし多面的機能の中で最も重要な機能の一つは言うまでもなく木材生産機能である。私は治山や砂防が専門であるからといって国土保全ばかりを主張している者ではない。かつて日本人は森を酷使してはげ山をつくり、土砂災害や洪水氾濫に苦しんできたとは言っても、そうすることによって生き延びて、木の文化を中心に優れた日本文化を創りあげ、明治時代以降の近代化、先進国化の基礎を築いたのである。森を使って発展してきたのである。その森を使う営みを担う林業の衰退で森が活用できていないことへのカンフル剤として森林・林業再生プランが策定されたと理解すべきである。
 したがって、森林を適切に利用しながら暮らすことこそ縄文時代以来の森の民・日本人の使命である。近年、人工林を広葉樹林や針広混交林に戻す試みが広がっているが、それが行き過ぎて木材生産の重要性を見失うようであってはならない。以上のような意味で再生プランは是非成功させて欲しいと思うのである。   

  

地域からの提案に柔軟に応える実施を

 その上であえて再生プランの実行に当たってもう一度、山地災害の防止など森林の多面的機能の持続的発揮に資することへの配慮をお願いしたい。海外の事例に学ぶことは良いが、経済面の重視が一因であった原発事故の教訓を忘れないで欲しい。急斜面が多く各種自然災害の発生し易い国土環境を克服する林業の技術革新に期待はするが、それで全てが解決するとは思われない。今後も架線集材の必要な場所が必ずある。つまり日本の森林は北から南まで、また奥山の急斜面から平地まで、極めて多様な場所に存在する。それらの日本の国土の特徴を十分考慮した、地域に適応した実行が望まれる。
 また、森林所有者の高齢化、不在村地主の問題や森林技術者の不足、林地の所有境界の不確定問題など、森林管理の基盤を揺るがす問題が顕在化している。森林所有者個人が森林管理の主体となり得ないとすればそれぞれの地域でどんな組織が主体となるのが良いのか。そんな社会の現状も十分踏まえた実行が望まれる。例えば、本誌のレポートなどを読むと、境界データだけではなく、樹種・樹齢など詳細な情報をデータベース化している森林組合も多いようなので、そうしたしっかりした組織と技術と意欲を持った森林組合などを育て、それらに思い切って管理を委ねるなど地域主体の管理がもっと考慮されて良いだろう。地域からの具体的提案に応える再生プランの柔軟な実施が望まれる。
 地域として森林の多面的機能の持続的発揮を目指す場合、地域の森林のゾーニング(重視すべき機能別の地域区分)を含む市町村森林整備計画の充実がキーとなる。この点ではフォレスターの役割が重要である。フォレスターの育成が林業振興での役割のみに偏ることのないように切にお願いする次第である。   

  

森林管理や山村振興への国民的な理解促進を

 さらに、外材の供給が多少逼迫してきたからといって、今後も材価の国際水準に簡単に対抗できるとも思われない。この点で私は林業も含めた森林管理や山村振興への国民の支援の増加が不可欠と思っている。現在も森林環境税など各種の助成が行われているが、その額は森林のいわゆる公益的機能の価値に比べて極端に少ない。その価値に見合うどのような合理的な助成が森林・林業界に行われるべきかを考察する必要があろう。下図はそんなことを想像して描いてみた森林への助成の全体像である。まだ漠然としたキーワードの羅列であるが、読者の皆さんもお考え頂きたい。

森林・林業への助成

 一方で私は、遠回りではあるが持続可能な社会での森林の価値をより論理的に説明し、国民の理解を得てより合理的な助成が行われるように、「森林の多面的機能」の理解の普及に努めたいと思っている。
 日本人は半世紀前まで森を頼りに生きてきた。その森の恵をまったく放棄して地下資源に頼るのはおかしい。単純に「森林は自然に戻るのがいいですね」などと言わせない。一方で、かつての森林荒廃の時代に戻ることなく林業を振興させる再生プランの実施が強く望まれる。   

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