林業と流木(災害)

●以下は、ぐりーん&らいふ2017年秋号に掲載された報告「緊急報告:九州北部豪雨災害 林業と流木(災害)」で、おもに林業関係者にお読みいただきたいものです。
  

  

流木の発生は森が豊かな証拠
表層崩壊は必ず流木を発生させるー流木対策は不可避


 7月に発生した九州北部豪雨では表層崩壊が多発し、大量の土砂とともに多数の流木が山間の渓流周辺ばかりでなく下流の平野部にも流出した。そのため、「今回の災害は流木災害だ」と言われ、マスコミ報道の中には人工林の育成方法や林野庁の過去の施策への疑問を呈するものも見られた。一方で各地の「災害に強い森づくり」では“流木が出にくい森づくり”を目指す取り組みが進められている。そこで緊急報告として本号及び次号で九州北部豪雨による山地災害の実態と流木問題を採り上げることにした。   

  

最近、なぜ流木災害が多発するのか

 最近の豪雨災害ではしばしば流木の発生が報道され、以前より流木が目立つという印象を持つ読者も多いだろう。豪雨時に大量の流木が流出するという事実は過去の災害でもしばしば見られたが、最近それが増加したのは事実である。私はその原因として二点挙げている。
 まず一点は、現在は人工林ばかりかいわゆる里山の二次林も成長し、充実してきて、山腹斜面のすべてが樹木で覆われる状態になっている点である。かつての森林が劣化していた時代には、山が崩れても流木が大量に発生することはなかった。灌木にわずかな高木が混ざるような林相の森林が多かったから、そのような山地では崩壊が発生しても灌木や広葉樹が流出するだけだった。現在は山が崩れれば必ず流木が発生する。
 もう一点は豪雨の規模が増大したことである。おもに温暖化の影響と言われているが、近年豪雨は確実に増加している。例えば気象庁の統計によると、時間雨量50o以上の降雨の発生回数は昭和51〜61年平均160回に対し、昭和62〜平成9年平均177回、平成10〜20年平均239回と、最近は大幅に増加している。   

  

森林・崩壊・流木発生の関係

 次に森林と崩壊と流木発生の関係に関する基本的知識を三つ挙げておきたい。
 第一は山崩れには山腹斜面上の風化土壌層が崩壊する「表層崩壊」と厚い堆積土層や基盤岩から崩れる「深層崩壊」があり、豪雨による崩壊のほとんどは表層崩壊である。また、表層崩壊は花崗岩系や堆積岩系(特に新第三紀層)の地質の山地に多発する傾向がある。さらに、豪雨による表層崩壊は急斜面だけでなく、水が集まりやすい凹斜面(ゼロ次谷と呼ばれる)に発生しやすい性質がある。
 第二は、森林は「根系のはたらき」と「風化土壌層中の効率的な排水システム」によって表層崩壊を抑制することである。(事実、最近は森林の充実によって表層崩壊そのものは減少している)。このうち根系のはたらきについては、根が基盤岩の弱風化層や割れ目にくい込む杭効果と隣接する樹木の側根同士が絡み合うネット効果があり、両者によって表層崩壊を起こり難くしている。また効率的な排水システムとは土壌中に浸透してきた雨水が風化土壌層の底部(基盤岩の表面)に発達したパイプ状水みちを通して効率的に排水される機構を指し、これによって土壌中で水圧が高まるのを防ぎ、崩壊を抑制している。しかしながら、豪雨の規模がさらに増大すると森林のはたらきには限界があることもしっかり受け止める必要がある。今回の朝倉市の災害はこのケースにあたるだろう。
 第三は、流木はおもに表層崩壊によって発生することである。今回の新聞報道の中には、切り捨て間伐材などの林地残材が流出したとの記事だけでなく、伐採後搬出前の材が流出する懸念にまで言及しているものもあった。しかしながら、これらの木材を押し流すほどの水深を持つ流れが山腹斜面上に発生するとは到底考えられない。林地残材が崩壊土砂や土石流に巻き込まれて流出することはありうるが、その量は極めてわずかである。平野部に流出した流木は、土砂と混じり合って流れてくる過程で枝葉が削ぎ取られ、樹皮が剥ぎ取られて数メートルの皮なし丸太となって堆積している。そんな流木群をみて「あれは間伐材だ」と思う人々もあるという。
一方で表層崩壊が発生すると豪雨による流出水も加わって土石流化する事例も多く、ほとんどの崩壊地から流木が渓流にまで流出しているように思われる。以下、このような基本的知識を前提として九州北部豪雨での流木問題を見てみよう。   

  

九州北部豪雨による土砂災害の概要

 表層崩壊の発生はいくつかの要因が関係する複合的現象であるが、要因の重要度には差があり、影響の大きい方から?降雨条件、?地盤条件(地質・地形、局所的には風化土壌層の厚さ)、B森林条件(おもに樹齢/樹高)が考えられる。

☆降雨量の大小が崩壊を左右
まず@では降雨量の大小が決定的に崩壊発生規模を左右する。今回の豪雨の場合、朝倉市での観測テータでは日降水量が過去最大値195oの2.5倍を超える516oであった。そして、表層崩壊は最大3時間雨量が200oを超える地域(おもに朝倉市内)で多発していた。しかもその地域はAの地質が花崗岩系及び堆積岩系(ここでは片岩類)で占められており、急斜面の多い地域も含まれていた。したがって、表層崩壊が発生し易い条件が重なっていたものと思われる。
 一方、累積雨量で見ると500oを超える地域でも崩壊発生が見られたが、この地域には前述の朝倉市のほか、東峰村と日田市の一部が含まれる。そして東峰村と日田市はおもに火山岩系の地質であるため風化土壌層がやや厚めの傾向を示し、土壌層を不安定化させるのに要する雨量も多く必要なため、表層崩壊発生個数は少ないものの個々の崩壊の土砂量はやや多い傾向を示している。

☆考慮されない植栽地の違い
 ところでBの森林条件(樹齢の大小)による影響の違いは必ずしも明確ではなかった。一般に人々は、人工林は天然林(広葉樹が多い)より崩壊が発生しやすく、今回も人工林が流木を多発させたと信じている。確かに今回の流木の大部分は人工林由来のスギ・ヒノキであるが、それは林地の90%弱が人工林という本地域の林相の特徴を反映したものである(つまり本地域では人工林と広葉樹林の差を検出することはできない)。しかも\齢級以上の人工林が4分の3以上を占める地域なので林齢による差の検出も難しい。
 一方専門家の間では、森林の表層崩壊抑止効果は樹齢が20〜30年を超えると発揮され、針葉樹林と広葉樹林の差は顕著でないとされている。幼齢林での表層崩壊発生数には多少の差はみられるものの、人工林は植栽地を選んで植栽するため、結果的に表層崩壊が発生しやすい林地に多く植えられている傾向がある。特にスギは水分が多く崩壊が起こると流出しやすい山麓部に植栽されている。一方で広葉樹は比較的崩壊が起こりにくい尾根状地や岩石地にも存在する。このような植栽地の差異は通常考慮されずに議論される傾向がある。

☆証明難しい根系の影響
 人工林が崩壊しやすい理由としてもう一つ挙げられているのが根系の形態である。スギ・ヒノキは広葉樹より根が浅いと言われるが、少なくともスギは斜出根も多く、特に根が浅いわけではない。一方でケヤキなどを除けば広葉樹は根が深いと一概に言えるわけでもない。一般に根系の形態は樹種による違いもあるが、土壌層厚・基盤岩の種類・礫の混入度合い・水分状態・隣接木との関係など当該樹木が置かれた立地環境に強く影響されるので、人工林と広葉樹の根系を同じ林齢・樹高・立地環境で比較した研究は少ないだろう。どちらの根株も土壌層が薄く根が侵入しにくい基盤岩に到達すれば扁平なものになる。
 また、苗木の生産方法(実生苗・挿し木苗、根切りの有無、ポットやコンテナでの栽培など)はその後の根の成長・根張りなどに影響すると言われるが、その影響が表層崩壊を抑制する樹齢(植栽後20〜30年)に成長した時点まで及んでいることを証明するのは難しいだろう。
 以上より人工林は表層崩壊抑止力が弱いと断言はできないように思われる。(以下次号)
 なお、次号では流木被害防止対策の現状を紹介し、流木の出にくい森づくりについて考えてみたい。   

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