森・川・海連携

●以下は、ぐりーん&らいふ2012年秋号に掲載された報告「森・川・海の連携」です
  

  

森・川(里)・海の相互理解を進めよう


 近年各地で森・川・海、あるいは森・里・海の連携をうながす活動や、それをテーマとしたシンポジウムがさかんである。流域を意識した森と川の連携や森と里の連携の歴史は古いが、海を含めた連携のそれは比較的新しい。また、こうした連携は、最初は市民の取り組みにはじまり、次第に地方公共団体等が参加するようになるが、森と海の連携に双方の中央官庁が加わった始めてのシンポジウムがこのほど東京で開催された。林野庁と水産庁から部長級が参加して7月12日に開催された「シンポジウム 森・川・海のつながりを考える」である。そこでこの機会に森・川(里)・海の連携の現状について、筆者の経験をもとにまとめてみた。   

  

25年目を迎えた「森は海の恋人」

 川を介した森と海の連携は海側の活動から始まった。筆者の記憶では昭和時代末期に北海道漁業協同組合婦人部が始めた「お魚殖やす森づくり」植林活動が最初で、今回のシンポジウムでもその活動の歴史が紹介された。
 最もよく知られている事例は、宮城県気仙沼市の漁師・畠山重篤氏が始めた「森は海の恋人」植林活動で、今年は25年目だそうである。漁民の森づくりとして著名なこの活動は当時の北海道大学の松永勝彦助教授による森から海に供給される鉄分の有効性を主な根拠とするもので、小、中学校の教科書にも採り上げられたからご存知の読者も多いだろう。
 氏は国連から今年のフォレスト・ヒーローズの一人として表彰されたので、一段と有名になった。森と海のつながりの重要性を広く社会に行き渡らせた功績に敬意を表する。最近は日本各地で森づくりへの漁民の積極的な参加が見られるようになっている。   

  

広がる流域の連携を考える市民運動

 川を介しての森と里(都市)との連携は、古くは治山治水、戦後では水源の森づくりなどに見られるが、もともと流域全体の連携を意識する必要があるはずの河川関係者でさえも、戦後になっても水のみの管理、あるいは農業用水のみ、上水道のみ、下水道のみ、土砂のみの管理を考えることが多く、森林、農地、都市の有機的な連携を意識することはなかった。
 それでも平成の時代になると河川に関心を持つ市民によって流域の連携を模索する運動が始まっている。
 筆者はそのような運動のひとつ、宮川サミット(全国に存在する「宮川」の関係者が一堂に集まって適切な流域管理を追求して行くフォーラム)に参加したことが縁で、三重県の宮川で「流域環境読本」づくりをお手伝いした。
 この宮川では国有林、林業家、伊勢神宮、河川事務所、土地改良組合、漁師、水産学研究者など森・川・海の連携が成立し、2006年に「宮川環境読本」が刊行された。森・川・海連携の成果の先進例と自負している。
 相前後して各地で河川関係組織などによる森・川(里)・海連携をテーマとしたシンポジウムが企画されるようになった。昨年11月に小田原市で開催された「おだわら環境志民フォーラム〜森の再生からブリの来るまちへ〜」は政治家も参加し、2日間にわたって充実した発表や議論があり、意義あるものとなった。
 その中のあるセッションでのオークヴィレッジ代表稲本正氏と畠山氏のやり取りが興味深かった。稲本氏が「私たち二人にC.V.ニコルさんを加えた三人は人工林が大嫌いで、広葉樹を植える運動をやってきた」と発言したところ、畠山氏が「ところが東日本太平洋沖地震津波のあと、スギ材があったので牡蠣養殖用いかだを早期に復旧させることができて助かった。スギのありがたみが分かった」というような発言をしていた。当然のことながらスギも広葉樹も大事であり、そういう森づくりが必要である。
 その後稲本氏も現地の間伐材を使った仮設住宅、復興住宅の建設を強調していた。なお、筆者の感触ではこのような連携に対して農業関係者の関心がいま一つのように思えてならない。杞憂であれば良いと思う。   

  

森・川・海とつながる関係性を明らかに

 森・川・海の連携を科学的に考察する場合、従来の“流域”の範囲に(当該流域の影響を受ける)沿岸海域を加えた場(このような場を表わす用語はまだない<が、“汎流域”あるいは“超流域”などの用語が考えられる。“流域圏”をあてる場合もあるが、異なる意味もある>)での主に水循環をベースとする物質循環を解明する必要がある。
 平たく言えば、森から川、そして海へとつながって行く関係性の解明である。しかし、これがほとんど分かっていない。
 漁民は森と魚の関係について、森から流出する落葉や腐植などの養分源、その中の鉄分、関連する植物プランクトン等が魚の生息に有効であると信じているようである。
 筆者は森からは土砂が流出しないことに注目している。森がなかったから植林するのであるから、森がない場合と森がある場合を比較すると、その大きな違いは森のない時代には大量の土砂が海に流出して磯を砂で埋めてしまっていたことである。森が成長して土砂の流出がなくなると磯の砂が洗われて磯が復活する。この影響も大きいと思っている。
 ほかにも河川から供給される真水そのものやその水温の影響も検討する必要がある。
 さらに里(農地や都市)から多量に供給される窒素やリンは、それが過剰であると富栄養化によって赤潮や場合によっては青潮の発生を見るが、最近、瀬戸内海では水質の浄化が進み、かえって魚が少なくなったとも聞く。河川から供給される基本的な物質である窒素やリンについてでさえも、その魚への影響は明確には分かっていないようである。ちなみに、瀬戸内海沿岸でも森は年々豊かになっている。   

  

幅広い分野の研究者の参加を

 森・川・海の連携の課題は漁業だけではない。筆者は数年前「伊勢湾流域圏の自然共生型環境管理技術開発」という研究(代表は名古屋大学辻本哲郎教授)にアカデミック・アドバイザーとして参加したことがある。この研究は自然が持つ物質循環機能を活用して経済を含む人間活動の周辺環境への影響をできる限り軽減するとともに、森・里(都市を含む)・海のそれぞれの生態系サービスを持続的に発揮させる技術体系を開発することであった。沿岸海域でも湾内は特に陸域の影響を受けやすく、陸上流域における人間活動を考える場合でも海との連携は必須である。しかし、海の研究者が加わるようになったのはごく最近のことである。
 近年、京都大学フィールド科学教育研究センターの「森里海連環学」に代表される新しい学問領域が立ち上がっている。この領域では森林と人里と沿岸海域の3つの生態系の相互作用を解明することを目的としている。いまのところ水産学の研究者が中心であるが、森林科学や河川工学・応用生態工学、さらには農学関係の研究者の積極的な参加が必要だろう。森林科学関係では森林水文学の研究者がかかわりを持ち始めた程度である。現在は関連分野の研究者のうち森里海の連携に関心を持つ者の集まりであるが、この分野の真の発展のためには関連分野の知識を満遍なく習得した専門研究者が早く現れることに期待したい。

 森、川、海のそれぞれの関係者の相互理解はまだほとんど進んでいない。森林関係者もその相互関係をもっと積極的に学ぶとともに、森の実情も積極的に広報して行く必要がある。相互理解に拙著「森林飽和」が少しでも役立てば幸いである。なお、7月12日のシンポジウムの概要は林野庁広報誌RINYA8月号に掲載されている。   

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