土砂災害は常に“想定外”

●以下は、ぐりーん&らいふ2016年冬号に掲載された報告「いま森林・林業に思うこと 土砂災害は常に“想定外”」で、おもに林業関係者にお読みいただきたいものです。
  

  

2000年を超える自然との経験に学ぶ


 2016年もまた日本列島は激甚災害にみまわれた。その一つ熊本地震は地震に対する私たちの常識ばかりでなく地震学界の常識をも覆す“想定外”の災害だった。すなわち、「本震は最初に発生するもの」という想定が覆され、4月14日の震度7(マグニチュードM6.5)は本震ではなく、約1日遅れて発生した震度6強(後に震度7に訂正、M7.3)が本震であったと気象庁が発表したのだ。2011年の東日本大震災における巨大津波災害が思い出される。あの時も気象庁は最初、津波の規模は3m程度と予測していた。海溝型地震が連動して発生するのは想定外の出来事だったという。実は台風などの豪雨時に山地で発生する山腹崩壊や土石流も“被災者にとっては想定外”のことが多い。本稿では「想定外」をキーワードに2016年春号に続いて再び山地の土砂災害について考えてみる。   

  

最初に本震という想定

 自然災害は想定外の事態が発生したときに深刻な災害になる。まず、近年の激甚災害において「想定外」だった事例を2例挙げる。
 第一の例はリード文で触れた内陸断層型の熊本地震である。これまで私たちは、大地震では余震を含む一連の地震のうち最初に本震と呼ばれるもっとも大きな地震動が発生する。その後は本震より小さい余震が強弱を繰り返しながらしばらく続くが、やがてその規模は小さくなり、発生間隔も長くなって、いつの間にか静穏な状態に戻ることを経験していた。そのため熊本地震でも4月14日のM6.5の地震で倒壊を免れた住宅では「余震の揺れは本震ほど大きくはならないだろう」と予測して住み続けた人の中に、28時間後の16日に発生したM7.3の本震で犠牲となった人がいた。「本震は最初に発生するもの」という想定がなかったら、最初の強い地震の後「もっと大きな地震が来るかもしれない」と身構えて、本震の被害をもう少し小さくすることができたに違いない。
 その後の調査によると、複雑な構造を持つ別府−島原地溝帯及びその近辺の断層帯のうちM6.5の地震(前震)に代表される日奈久断層帯の地震活動と、それに誘発されたM7.3の地震(本震)に代表される隣接する布田川断層帯の地震活動及び別府−万年山断層帯の地震活動を一連のものとして熊本地震は認識されることになった。そして、4月16日に発生した布田川断層帯のM7.3が最大の地震動であったため、これが本震と認定されたのである。私は地震学者ではないが、最初に本震が発生し、その後に続く余震は本震より小さくなるという傾向は一つの断層帯内の地震活動の重要な性質として現在も認められていると思っている。ただ、上述のような例外があることも認識すべきであろう。   

  

想定外の津波が発生

 もう一つの想定外の事例は2011年の東北地方太平洋沖地震による巨大津波災害である。津波の高さは最初の予測の10倍以上になったところもあった。これまで海溝型地震と呼ばれるこの種の地震は地殻プレートの1ブロックが破壊されるものと想定されていた。したがって地震の第一報が気象庁に伝えられた時、発生する津波の規模は1ブロックの破壊を想定したシミュレーションモデルで3m規模と予測されてしまった。しかし実際は、3つのブロックがほぼ1分間隔で連動して破壊してしまい、津波の規模は想定外となってしまったのである。   

  

これからも起こる想定外

 こうした想定外は地盤変動ともいうべき自然現象がまだ十分に解明されていないために起こるものである。物理学や化学などの物質科学の原理に基づく「ものつくり」の技術に比べ、地球科学や生命科学にかかわる現象は複雑なので、現代科学による解明はプレート・テクトニクスの理論の確立やDNA二重らせん構造の発見以降の高々半世紀ほどの経験しかない。つまり、たった50年ほどの知識の積み重ねでしかないのである。私たちはまだ何も知らないと言ってもよい。したがって、想定外の災害はこれからも起こりうる。警戒・避難の重要性を改めて強調せざるを得ない所以である。
 東日本大震災を経験して私たちは「減災」という考え方や「多重防御」という備え方を学んだ。また中部地方以西の太平洋岸では、具体的対策として、1ブロックの破壊を想定した駿河湾沖地震対策(レベル1クラス)から連動型の海溝型地震を想定した南海トラフ地震対策(レベル2クラス)に移行した。
 なお、2016年には倉吉地震も起こった。この地震に関しては京都大学防災研究所西村卓也准教授の「西日本のブロック仮説」が注目される。すなわちこの仮説から、ひずみが集中するユーラシア(西南日本)プレート内の小ブロックの境界と内陸断層型地震の関係や海溝型地震と内陸断層型地震の関係が示唆され、興味深い。   

  

過去の経験を忘れずに

 一方、2015年9月の鬼怒川の洪水氾濫災害でも二、三の想定外が起こった。特に堤防決壊の翌日、決壊現場から10qほど離れた常総市役所に置かれていた災害対策本部が水没したことが市民ばかりでなく市の関係者にとっても想定外だった。10qも離れれば洪水は到達しない、浸水することはないと想定していたのだろう。
 この種の想定外は前述のケースと異なり、かつての“水害常襲地帯”に住む人々が「堤防を越えて氾濫した水は1時間1q程度で進む」という氾濫水の性質を忘れてしまった、すなわち過去の経験を忘れてしまったために想定外となってしまったものである。かつてこのような地域に住む人々は自然堤防と呼ばれる微高地に住居を構えて堤防の草を刈り、定期的に見回り、低地に住む人々は盛土の上に水屋を造って食糧を備蓄し、船を用意して洪水に備えていた。そして、大雨は降れば情報を共有して警戒し、避難した。このようなコミュニティーが消滅してしまったために想定外となったのである。
 この場合は地域の歴史に基づく防災教育や防災訓練で回避できるので、近年自然災害に襲われた経験を持たない地域でも早急にその体制を構築して、このような想定外を皆無にすべきである。最近国交省は想定しうる最大規模の降雨に基づく洪水浸水想定区域図を次々に公表している。これは地域社会が忘却した過去の経験を思い起こすのと同様の意味があると思われる。

 ところで、山村や中山間地で発生する大規模崩壊や土石流は豪雨の際には毎年のように発生するので、通常は想定内の災害と思われている。しかし、被災する場所が山腹の狭い範囲や一つの渓流の下流部(あるいは小さな沢の出口)など局所的であるうえ、その候補地となりうる山地災害危険地区(林野庁調査)や土砂災害危険個所(国土交通省調査)、土砂災害(特別)警戒区域(土砂災害防止法で指定)はある程度予測されているが、具体的な一つの豪雨や地震の際にすべての危険地区・箇所・区域が被災するわけではなく、そのどこかが被災するわけで、現在の防災科学では実際に被災する箇所を特定できない。そのため、実際に被災した住民にとっては想定外の出来事になってしまう。被災した人は必ず「この場所は今まで崩れたことがなかった」というようなこと話す。つまり、自分や周りの人々が経験していないことは起こるはずがないのと想定しているのである。
 一方、地域で保有している彼らの経験は高々二、三世代の間の経験でしかないのに対し、ある特定の山腹や渓流において大規模崩壊や土石流が発生するのは数百年あるいは千年に一度という程度の間隔で起こるのである。したがって、普段から防災を意識していない多くの人々にとって土砂災害はほとんど想定外の災害になってしまう。激甚土砂災害の重要な特徴の一つとして理解しておこう。
 このような状況から、治山や砂防の世界では以前からソフト対策、とりわけ警戒・避難の重要性を強調してきたのである。居住地の土地の性質・成り立ちや災害の歴史を学び、警戒・避難の方法を地域で決めて、日ごろから訓練しておく必要がある。
 近年の激甚災害の多発を思うと、それらの防災対策を半世紀の経験しかない科学技術の知見のみに頼ってきたのが誤りだったのかもしれない。一方で私たちと自然との付き合いは農耕社会になってからでも2000年を超える。その間の知見を積み重ねた地域の経験こそ50年間の科学技術より確実な部分もあるだろう。警戒・避難に関しては、もう少し日本人が自然との固い結びつきの中で暮らしていた時代の経験に学ぶべきだと思う。私たちはその経験を生かして多重防御を進めるべきである。
 [想定外が起こる要因はほかにもある。一つは地球温暖化などによる気候変動によって想定外の気象現象が発生する可能性があることである。その他にも私たちの社会の変化、特に開発あるいは土地放棄による土地利用の変化などが考えられる。したがって、土砂災害、洪水氾濫、津波などのほか、火山災害、豪雪、高潮、竜巻なども含めて、予知・予測技術さらなる向上とともに、想定外を十分意識した「防災施設の設置と警戒・避難対策」の充実が今後の基本方針となるだろう。]
・[ ]内の文章はホームページ掲載時に加筆

過去の関連記事:
・2016年春号 東日本大震災その後 第4回山地災害対策 “防災”から“減災”へ思想を転換
・2013年冬号 緊急報告 伊豆大島土石流災害 身のまわりの土地を点検しよう   

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