海岸防災林再生

●以下は、ぐりーん&らいふ2015年夏号に掲載された報告「東日本大震災その後 第1回海岸防災林再生の現状」で、おもに林業関係者にお読みいただきたいものです。
  

  

全国の海岸林共通の課題が


 いわゆる災害関連死を含めて犠牲者数は2万人を超え、原発事故による廃炉問題、除染問題あるいは地域の再建問題等を残した3.11東日本大震災から今年度末ではや5年。大震災からの復興事業では防潮堤の建設、都市施設や産業施設の再建、住宅の高台移転などが目立つが、海岸防災林の再生や森林の除染など森林・林業の分野でも多くの課題を抱えながらも進行中である。また、その後の豪雨災害や火山災害、巨大地震への不安も加わって、各種激甚自然災害に備える動きは全国に広がっている。そこで「東日本大震災その後シリーズ」として、今号より海岸防災林再生、海岸林をめぐるその他の課題、森林除染問題、3.11後の山地災害対策など、森林・林業に関わる課題の現状を採り上げる。本号では「海岸防災林再生対策」について報告する。   

  

最盛期迎えた生育基盤づくり

 3.11の巨大津波により壊滅的な被害を被った東北地方の140キロメートルに及ぶ海岸林については、本誌2011年秋号で当時の状況について報告した。その時点では、被災した海岸防災林の再生方法を検討した林野庁の検討会の中間報告をもとに、
@海岸林はおもに飛砂防止を目的に17世紀以降に造成された人工林で、現在は保安林に指定されている(日本人はこの事実、特に海岸林の防災機能についてすっかり忘れていた)。
A海岸林は幹折れ、倒伏、根返り・流失等の被害を受けながらも各地で相応の減災機能を発揮した。
B健全なマツ林を再生するためには地下水位面より上部に2メートル以上の生育基盤が必要である。
Cできる限り幅の広い海岸林の再生が有効である。
D海岸側はクロマツ林を復活させ、内陸側には広葉樹の植栽も考慮する。
E苗木の供給体制の整備が必要である、
などと報告した。
 その後も海岸防災林の復旧・再生対策はおおむねこの方針で進んでいる。すなわち、検討会の最終報告(2012年2月)を受けて大部分の海岸林は国有林直轄治山事業、民有林直轄治山事業(宮城県仙台湾沿岸地区および同気仙沼地区)及び各県の治山事業により生育基盤の盛土造りから始まった。
 実際の工程は、「必要な個所では森林造成の基礎となる防潮堤や防潮護岸を整備(国土交通省関連の防潮堤とは異なる)」→「地盤高が低く地下水が高い箇所においては樹木根系の健全な成長のため生育基盤盛土工を実施」→「植栽木(苗木)を強風等から保護し、生育環境を整えるための防風柵工・静砂工等を実施」→「植栽工を実施」の順に進められる。
 このうち基盤整備をおおむね5年で完成させる予定であるから、今がその最盛期であろう。そして、植栽完了までにはさらに5年が見込まれている。なお、植栽完了後は必要に応じて本数調整伐等を適切に実施し、津波災害の多重防御の一翼を担い得る海岸防災林を完成させることになっている。   

  

海岸防災林再生における課題

 海岸防災林の再生事業には、国の方針もあって、植栽や保育活動を希望するNPOや企業等多くの民間団体が参加している。筆者は地元の農民が結成した名取市海岸林再生の会と公益財団法人オイスカが宮城県及び名取市と、さらに国有林と協定を締結して実施している合計約100ヘクタールの海岸林再生プロジェクトに関係しているが、そこでの見聞をもとに、海岸防災林再生上の課題について簡単に述べてみたい。

○通気性・透水性よい盛土を
 クロマツの健全な成長を念頭においた生育基盤づくりのための盛土工には大量の土砂が必要なので、山砂が用いられている。しかし盛土が完成したところでの問題点は、転圧と降雨によって山砂が硬く締まってしまい、通気性・透水性が極めて低く、苗木を植栽してもそのままではまもなくその成長が阻害されてしまうことが懸念されている。かつて山地を切り崩して大量の農地を造成した(改良山成り<やまなり>工と言った)ときにはレッキドーザーを用いて表面を掻き起こしたが、同様の作業や排水溝の設置など、土壌の物理性の改善に工夫が必要なようである。
 クロマツの植栽に関して言えば、貧栄養状態や土壌の化学性が劣る問題よりもこの問題を解決することのほうが重要と思われ、国有林では木材チップによるマルチングなどを行っているという。植え付け前の表土の掻き起こしなど植栽時の工夫はもとより、盛土の表層にはできる限り粘土分の少ない山砂を敷く、締め固めを調整するなど生育基盤づくりの際の工夫も含めた現場の対策に期待したい。

○有効なコンテナ苗木の使用
 海岸防災林の復旧・再生には大量のクロマツの苗木が必要である。
 そのクロマツでは成林後にマツ材線虫病が発生する可能性を否定できないので、できれば抵抗性クロマツの苗木を使用することが望ましい。しかしながら、抵抗性クロマツの苗木生産は近年始まったばかりであり、こうした苗木の供給体制については当初から不安視されていた。実際にも抵抗性クロマツの苗木供給は十分ではなく、通常のクロマツ苗、それも他県から取り寄せるなど、かろうじて間に合わせている状況ではなかろうか。
 なお、最近開発されたコンテナ苗の使用が海岸でも気象害を回避でき、有効であるという。コンテナ苗を使えは植栽時期に余裕がうまれ、植え付け費用等のコスト削減にもつながり、さらに1年生苗での植栽が可能なことなど、運搬が容易な海岸林造成で特に強みがありそうだ。
 一方、広葉樹を植栽する場合は、苗木の規格もまだ定まっておらず、郷土種を用いるべきという生物多様性保全の原則が守られているかどうかも明確でない場合が多いので、苗木の取得には十分注意が必要である。

○クロマツに勝るものなし
 3.11の巨大津波によってクロマツ林が壊滅した直後には、根返り・流失したクロマツに替えてタブなどの広葉樹を植えるべきだと声高に叫ばれていたことを思い出す。しかし当時から、先人の経験からも過去の海岸防災林造成の実績からも砂浜海岸の前面で生育しうる高木はクロマツのほかにはないこと、海岸林の陸側では広葉樹植栽も可能なことなどが冷静に議論されてきた。
 その後、過去の多くの植栽試験やその他の研究成果などを取りまとめて海岸防災林に適した樹種の選択基準が示された(例えば森林総研2011など)。さらに最近の研究成果も含めると、暖温帯では@海岸から50メートル程度は、高木ではクロマツに勝るものはない。A広葉樹ではトベラ、マサキ、シャリンバイ、ウバメガシなどが良好な耐潮性を示す(ただし、風衝林型は低くなる)。B後方においては常緑広葉樹の高木の植栽も可能であるが、タブノキ、スダジイ、マテバシイなどは冠水時の耐塩性が低い。C山砂の盛り土上では落葉広葉樹のエノキ、オオシマザクラなどの成績が良い、などとなっている。
 したがって、植栽樹種の基本は最初の構想どおりでよいが、広葉樹の活着率の低さなどを考えると、最初から無理に高木の広葉樹を植栽せず、その後の自然侵入や補植時の広葉樹の導入により広葉樹林化を目指す方がベターとの意見がある。
 かつての松林では落葉落枝や下層植生の利用が盛んでマツに適した林内環境が保たれていたが、現在の松林では生態遷移が進行しているので、広葉樹等の侵入は自然の理である。しかしその結果、クロマツの衰退を助長しないか、その方法で望ましい広葉樹林ができるのかなどはまだ全く分かっていない。また、一般に広葉樹は密度管理などの事例がほとんどなく、手探りで行わなければならない状況にあるのでこの点も注意が必要である。  一方のクロマツ林でも植栽後の管理においてはマツ材線虫病に対する強力で継続的な対策や本数調整伐が不可欠である。

 以上、3.11後の海岸防災林の普及・再生についての現状を述べた。この大震災によって改めて人々に見直されたかたちの海岸防災林については、巨大津波災害対策の多重防御に関して防潮堤の機能との調整の問題やクロマツ林でのマツ材線虫病対策の問題、海岸侵食の問題など全国の海岸林に共通する諸課題がある。これらについては改めて採り上げてみたい。   

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