林業と多面的機能の発揮(3)国土保全機能

●以下は、ぐりーん&らいふ2015年春号に掲載された報告「林業と多面的機能の発揮(3)国土保全(土砂災害防止・土壌保全)機能」で、おもに林業関係者にお読みいただきたいものです。
  

  

森林荒廃を繰り返さない林業を


 2014年秋号から2回にわたって、人工林地域/林業の現場で森林の多面的機能を高度に発揮させるためには、具体的にどのような点に注意すればよいのかを考えてきたが、本号ではその3回目として国土保全(土砂災害防止/土壌保全)機能について考える。   

  

慎重な土砂流出防止・土壌保全対策を

 かつて、林道の作設と天然林の大面積皆伐によって大規模な木材生産が行われた時代に、林業が土砂災害や洪水氾濫の一因となったことがあった。その後、林道の作設技術や林業機械の発達、林業関係者の国土保全意識の向上に加え、造林木の成長、治山事業の充実、さらには(皮肉にも)林業の不振などによって森林の国土保全機能は回復した。現在、林業が直接原因の土砂災害は、森林が成長しても天然林、人工林を問わず一定程度は起こりうる表層崩壊によってそこの林木が流出する流木災害を除くと、ほとんど起こっていない。
 事実上3.11後に始まった現在の森林・林業再生政策は施業集約化(団地化)、森林経営計画、高性能林業機械、路網整備などをキーワードとして進行しているが、国土保全への言及は少ない。しかし、高性能林業機械の使用を前提とした効率重視の低コスト林業を謳う林業振興策を地形が急峻で地盤が脆弱、さらには豪雨の増加が予想される日本で推進するには、より慎重な土砂災害防止対策や土壌保全対策とともにこれを行う必要がある。
 人工林経営でこれらを考えるポイントは「路網の計画・作設作業」と「伐倒・搬出作業」の2点であろう。   

  

林業技術者も治山や水文学の知識を

 現在の高性能林業機械を用いた低コスト林業は施業対象森林に路網整備と一体の作業システムを構築することによって進めることになっている。すなわち、対象森林に関するデータや事業体の内容、特に地形の緩急によって適用する機械系を決めると、集材距離や路網密度を含む作業システムが決まると同時に森林作業道(場合によっては林道・林業専用道を含む)の配置等路網整備計画も決まり、その作設によって作業システムが実行される。その際、大型高性能林業機械は高価であるため、その有効利用の観点から作業システムが決まってしまうと、地形・地盤条件上無理な路網計画となってしまい、森林作業道等の作設が難しくなる懸念がある。現在の低コスト林業では簡易で耐久性のある森林作業道の作設が奨励されている。しかし、そのような道路づくりは特に地形条件に制約されるものである。したがって30度を越える急斜面では、従来の架線集材をうまく取り入れることも含めて、慎重に機械系を決めることが必要であろう。
 森林作業道はこれまでの一時的な作業路等と異なり、繰り返しの利用に耐える丈夫なもので、しかも出来る限り構造物等を使わない簡易なものとされている。したがって、実際の森林作業道の作設では、それが可能な安全なルートを見つけることが必要である。林道や林業専用道も含めて、路網の作設ルートは地形図や地形種、地質図からあらかじめ決めておき、次いで実際の踏査によって安全なルート・工法を探ることになる。その際、現場ではさらに詳しい地形種(崖錐、沖積錐、地すべり地、土石流堆積地、火砕流堆積地、扇状地、段丘等)や斜面の性質(斜面形、傾斜変換点、流れ盤・受け盤等)、岩質、構造線(断層、破砕帯、リニアメント等)、水文条件(小流路や流水量、集水面積、湧水点や湧水量、伏流水)等を判断する必要がある。
 低コストで安全な森林作業道の作設方法が各種知られている。その中で、崖錐などの上端(そこから斜面下方が礫質)ではない斜面上の遷緩点(いわゆる「タナ」)は安全な作設場所と言われている。しかし、その上方斜面が凹斜面(集水斜面)の場合は、防災工学的には崩壊しやすい場合がある。したがって、特に切り土が発生する場合は注意が必要である。安全な斜面でないところが不安定な斜面であることを考えれば、常に不安定斜面を取り扱う治山事業や水の挙動を取り扱う水文学(すいもんがく)(特に斜面水文学)の知見は林道技術者にも必要なように思われる。これらの知見は路盤や法面の崩壊・侵食対策や、渓流水・表流水の排水処理対策にも有効なことは言うまでもない。   

  

幼齢林分を分散する長期計画を

 ポイントの第二は伐倒・搬出作業である。最近盛んな利用間伐では伐倒・搬出効率の良い列状間伐が多く取り入れられ、一般に最大傾斜方向に間伐列がとられる。その場合、特に間伐列と植栽列が一致する場合は慎重な木寄せに努め、土壌侵食を発生させない搬出作業が必要である。また、間伐遅れの森林での強度間伐地も土壌侵食が起きやすいので特に地曳き集材は要注意である。高性能林業機械を用いての間伐作業についてはまだ繰り返し間伐の実行例が存在しないようなので国土保全上の評価にはもう少し時間がかかりそうである。なお、各種道路の作設を含めてすべての機械による林地・渓流・林木等の損傷を最小限に抑えることが国土保全ばかりでなく生物多様性保全を含むすべての公益的機能の発揮に不可欠と言える。
 一方、皆伐については国土保全上小面積皆伐が奨励されているが、単年度計画では皆伐区が分散されていても次年度以降隣接林分を順次伐採した場合は事実上皆伐区が連続して、結果的には大面積皆伐となってしまう場合が見受けられる。よく知られているように、伐採後20年間ほどは豪雨の際、表層崩壊が多発する。したがって、森林経営計画では皆伐・新植林分だけでなく幼齢林分も含めて分散配置されるように長期計画を立てる必要がある。   

  

適切な新しい管理で多面的機能の発揮を

 木材を生産する機能は森林の多面的機能の中でも特に重要な機能であることは言うまでもない。しかし、農産物の生産とは異なり、森林では生物多様性保全機能や地球温暖化防止機能を含む各種の環境保全機能も同様に重要な機能である。森林は自然環境を構成する要素そのものだからである。そのため、森林・林業基本法では「森林整備の第一目的は森林の多面的機能の持続的発揮である」としている。したがって、森林を生業(なりわい)とする者にとってその多面的機能の発揮は責務であり使命なのである。
 実際、第二次世界大戦後の国土の変遷を振り返ると、森林の多面的機能の高度発揮の如何は、本号を含め3回にわたって説明してきた適切な新しい森林管理方法の実施にかかっていると思われる。   

  

  

林業と多面的機能の発揮(2)生物多様性保全機能 (前号の続き)

[意識面の課題]

積極的な生物多様性保全を

 先に示した人工林で生物多様性保全機能を高度に発揮させるための管理方針・計画や実際の森林管理・森林作業を実行するには、当該森林の管理・作業に関わるすべての者が生物多様性保全の意味、すなわちなぜ生物多様性を保全する必要があるのかを理解し、実際に行う事柄を憶えておく必要がある。管理方針や計画を作成する者あるいは作業を指示する者のみが知っているだけでは生物多様性の保全は難しい。これまでのように貴重な動植物を保護するだけでは不十分だからである。したがって、すべての関係者が上述した内容を学習する機会を持つことが必要である。
 さらに生物多様性の保全を確実なものにするには日頃から意識しておくことがいくつかある。まず森林内にどんな希少種・絶滅危惧種・危急種が存在しているかあるいはその生息地がどこにあるかを知っておく必要がある。そのためには環境省等の生物多様性に関する調査情報や地元市町村の情報、さらには地域でそのような調査を行っている研究者等の情報を把握しておくと良い。また、常に森林内の動植物を観察し、見慣れぬ生物が見つかった場合はその素性を調べておくことも必要である。
 前号でも述べたように、森林を生業とする者は、率先して「生物多様性」の意義を理解し、その保全に取り組むべき義務を負わされていると考えるべきであろう。

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