林業と多面的機能の発揮(2)生物多様性保全機能

●以下は、ぐりーん&らいふ2014年冬号に掲載された報告「林業と多面的機能の発揮(2)生物多様性保全機能」で、おもに林業関係者にお読みいただきたいものです。
  

  

地域全体の森林生態系を豊かに

  生物多様性保全の観点から見直すべきこと

 森林の多面的機能を高度に発揮させるためには、林業の現場では具体的にどのような点に注意すればよいのか。前号では水源涵養機能について取り上げたが、本号では(2)生物多様性保全機能について考えてみる。率直に言えばこの機能の発揮には、林業分野での従来からの経験的管理方法とは多少異なる方針と作業技術が要求される。それらを管理方針・計画、森林作業技術、意識面の課題に分けて考えてみる。なお、意識面の課題は誌面の都合上次号で取り扱う。   

  

[管理方法・計画]

生態的緩衝帯の配置を

 伝統的な木材生産の現場では、生物多様性の保全についてはほとんど考慮されてこなかったと言えるだろう。かつて人工林に複層林施業という考え方が導入されたが、それは主に生産の継続や高価格材の出荷調整、災害に強い人工林等を目指すものであり、それは同時に地力維持や国土保全面でも有利であるとするものであった。しかし、生物多様性の保全を考慮した人工林の管理を考える場合は、その森林の管理計画を立てる段階から従来の考え方と異なる方針を立てることが要求されるようになってきた。
 生物多様性の保全のためには、まず景観レベルでは、@木材生産/収穫を行わない自然林が人工林の中に一定面積存在するとともに、A新植・伐採時期の異なった区画が混在すること。そして、林分レベルでは、Bさまざまな種が混在すること。また、C局所的に生物多様性の豊かなまたは貴重な地帯、例えば、渓流沿いや岩角地(ガレ場)、沼地、荒地など脆弱で微妙な環境を持つ場所を保護することが求められてきている。もちろん個々の希少種、絶滅危惧種、危急種やそれらの生息地があれば保護するのは当然である。
 特に、全域がほとんど人工林化されているような場合には、一定程度を自然林化する方向で森林の現状を見直さなければならないだろう。これまでも急傾斜地や尾根部は、作業が困難なことや生産性が低いこと、あるいは国土保全や森林保全の観点から自然の遷移に任せた広葉樹林の形成を優先し、人工林化を避けてきた経緯もある。それらに加えて、今では、生物多様性保全の観点から対象林地内の代表的自然生態系を含む、相対的に生物多様性が豊かと思われる区域を、いわば生態的な緩衝帯(バッファゾーン)として積極的に配置する必要が出てきている。
 その場合、特に重視されているのが渓流沿いである。水と陸とが交差する環境を持つ渓流沿いは林内と異なり特に生物多様性豊かな重要区域であり、しかも連続していることによって実際に多くの動物のコリドー(回廊)となり、他の自然林地域と面的につながる場合が多い。
 このように、生物多様性の面的なつながりの出発点が渓流沿いの収穫を行わないバッファゾーンであり、人工林地帯であってもその地域の自然状態を維持する優先候補地である。
 したがって、出来れば、渓流沿いは魚類等の水生生物に餌を供給して健全な食物連鎖を形成するためにも広葉樹林化することが望ましい。
 このように、渓流沿いのバッファゾーンの形成は、人工林地帯における生物多様性向上における優先すべき視点であり、後述するように、これにつながるさまざまなタイプの森林からなる景観的配置、そして林分内に光を取り込む間伐などを実践することが求められている。   

  

多様な森林配置を考える

 しかしながら、渓流沿いはスギ林生産の適地でもある。そこで、すでに成長したスギ林となっているところでは、これを巨木林化しあるいは混交林化することによって自然の生態系に近い機能を維持できれば、木材生産の継続は十分可能である。スギの巨木と広葉樹や中・低層木が適度に入り混じった林相ならばその生態的機能は何ら自然林と変わらないからである。
 一方木材生産の中心である植栽された人工林地域については、それが生態的機能を高度に発揮するためには一般に多齢層林であって、景観レベルでの多様な森林配置が望まれる。しかし日本の森林の現状は若齢級や高齢級の森林は少なく、10齢級前後を中心とした人工林の一斉林である場合がほとんどであろう。
 そこで、まず連続しない小面積皆伐や択伐によって多齢層の林分構造へ誘導するとともに、皆伐区域を分散させるように時期を選んで伐採し、将来さまざまな規模や形の林分、新植・伐採時期の異なった区画が混在するように伐採・植栽計画を立て、実行していく必要がある。このことは将来、主伐・択伐・利用間伐によって毎年収穫量を一定化させること(一般には齢級構成の平準化)を意味し、このことが生態的観点のみならず持続可能な林業経営の面からも有効であり、早急に取り組むべき課題となっている。
 以上のように、これからの森林の管理方針・計画には、生物多様性を維持し、しかもタイプの異なった様々な森林で構成されている地域を形成することにより、地域全体の森林生態系を豊かにし、さらに木材生産も維持するような、新しい森林管理の概念の定着と実行が必要となっているのである。   

  

植生が入りやすく

 次に通常の森林作業面においては、間伐などを行う際、動物の生息地としての機能を維持するため、作業の支障とならない範囲では倒木や枯損木はそのままにする。下層植生や下草はできるだけ刈らない。苗木の新植後の下刈りは必要だが、低密度植栽の場合は坪狩りや筋刈り等も推奨される。
 間伐や択伐、あるいはその搬出の際は残存木を傷つけないようにする。管理不足の過密林では弱度の間伐を繰り返す必要があるが、管理されたところではやや間伐率を高くして自然の植生が侵入し易くするのも一考である。
 現在、シカ等の食害の防止は最重要課題であり、有効な対策を考えなければならないが、その他の生物の森林内での無許可で不適切な採集や狩猟、仕掛け罠、釣り等を行わないだけでなく、部外者が行うことも阻止し、時によっては狩猟等地元の協力を仰がなければならない。   

  

[森林作業技術]

森林を劣化させない作業を

 森林の現場作業においては、林床植物や土壌などの生態系の基盤を維持する必要がある。林内掃除と称して慣習化されている地域も多いが、無用な植物の刈り取りは再考を要する。また、高性能林業機械の導入が促進される昨今、経験不足やコストダウンの点から粗放な作業が目立つようになり、将来の森林資源の確保を損なうような作業も目立ってきているように思われる。この点、林業的観点からも生物多様性保全の観点からも、残存木の損傷など特に森林を劣化させることがないように注意する必要がある。以上のほか、例えば、収穫機械は決められた地点以外で渓流を渡らない、小枝や端材を渓流に捨てない、土壌が流れ出したら作業を中止する、地表を裸地化させないようにチップを敷いて保護するなど、細部にわたる丁寧な作業も生物多様性保全に貢献するばかりでなく、将来の林業をも支えることになるだろう。   

  

人工林は第二のバッファゾーン

 このほかにも化学薬品の安易な使用を止め、その他の薬品やガソリン・潤滑油などの化学性廃棄物の取り扱いに十分注意し、それらによる森林の汚染を防がねばならない。さらには生物学的防除や外来種の導入も慎重に行う必要がある。加えて、林道や森林作業道の建設や管理において国土保全面や水資源保全面に悪影響を与えないようにすることが生物多様性の保全面でも不可欠であるが、特に国土保全面での詳細は次回((3)国土保全)に考えてみたい。
 なお、私は常々生物多様性保全の際に話題になるコアゾーンやそれを取り巻くバッファゾーンに対して、人工林は第二のバッファゾーンとして管理する必要があると主張し、本冊子でも触れてきたが、その具体的内容はこのような“人工林における適切な管理”を行うことだったのである。
 さらに、上述した管理計画や森林作業の多くは高性能林業機械の導入や間伐の省力化など現在盛んに喧伝されている木材生産の効率化やコストダウンの方向と相容れない面が多い。しかし、世界の林業界は単に違法伐採を止めるだけでなく、生物多様性の保全を必須とする方向、しかもその実行を第三者がチェックする森林認証を導入する方向に進んでいる。したがって、機械化の時代、省力化の時代であっても生物多様性の保全との両立が必要となっている。環境オリンピックを提唱したロンドン大会で使われた木材のほとんどはFSC森林認証材であったと聞いている。

 (次号に続く)
  

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