林業と多面的機能の発揮(1)水源涵養機能

●以下は、ぐりーん&らいふ2014年秋号に掲載された報告「林業と多面的機能の発揮(1)水源涵養機能」で、おもに林業関係者にお読みいただきたいものです。
  

  

水源林でも適切な林業を


 前号で、森林の多面的機能を林業の現場でどのように発揮させれば良いのかの概要を述べた。結論を言えば、すべての機能を平等に発揮させる必要はなく、市町村森林整備計画で木材生産機能維持増進森林に指定された林地(通常の人工林地域)では、従来からの“適切な木材生産”の実行をベースに、生物多様性の保全に配慮した施業を行えばよいことを示した。とは言っても、実際にはどのような点に注意すれば各種多面的機能の高度な発揮が可能なのか。それを(1)水源涵養機能、(2)生物多様性保全機能、(3)国土保全(土砂災害防止/土壌保全)機能に分けて、改めて考えてみることにした。本号では水源涵養機能を採りあげる。   

  

水循環基本法の成立

 近年水源地域保全条例(水資源保全条例)が各地で制定される中、「水が国民共有の貴重な財産であり、公共性の高いものであることに鑑み、“健全な水循環”を維持・回復させるための施策を総合的かつ一体的に推進する」目的で、その理念や施策の基本等を定めた水循環基本法が本年3月に成立し、7月1日に施行された。
 その前文には「我が国は、国土の多くが森林で覆われていること等により水循環の恩恵を大いに享受し」として、健全な水循環における森林の役割の重要性が強調されている。また、基本的施策の第一に、流域における水の貯留・涵養機能の維持及び向上を図るため、雨水浸透能力又は水源涵養能力を有する森林を整備する必要性を謳っている(第14条)。
 新しい法律がこのように改めて謳うまでもなく、流域の上流部を占める水源山地での森林のいわゆる「水源涵養機能」は、森林の持つ働きの中でも特に重要なものの一つである。内閣府によりほぼ5年毎に実施されている「森林と生活に関する世論調査」でも、水資源涵養は「森林に期待する働き」についての質問の常に上位を占めている。そして、水源涵養機能も含めた各種多面的機能発揮のための森林整備の必要性はすでに国民にも広く受け入れられている。
 従って水循環基本法の成立は、健全な水循環の維持・回復の視点から改めて森林の整備について、私たちにより一層の努力をうながしているものと解釈できる。   

  

はげ山時代は健全な森林土壌づくり

 わが国では江戸時代の中期に人口が3000万人に達したが、それは当時の世界人口の5%を占め(人類の20人に1人は日本人だった)、可住地が狭いにもかかわらず当時の日本は世界トップクラスの人口大国であった。その多数の人口を支えた最大の資源は森林であり、私たちの祖先は森林を目いっぱい利用してその社会・文化を発達させ、近代以降の発展の基礎を築いてきた。
 しかしその結果、いわゆる里山を中心にはげ山や森林が劣化した「荒廃山地」が出現し、大雨の際には表面侵食や表層崩壊が発生し、土石流を含む土砂災害や洪水の氾濫が人々を苦しめた。その一因が林地の浸透能の低下、すなわち涵養域での健全な水循環の破壊であり、その影響が下流域にまで及んでいたのである。そのことに気付いた熊沢蕃山ら儒学者たちは「治山治水」の必要性を説き、以来、水源山地での森林保護と植栽が奨励され、それは現代の森づくり運動においても重要な根拠となっている。
 その後、第二次世界大戦後の1950年代から水源林造成事業が開始された。その目的は水源涵養機能を発揮させることで、具体的にははげ山や森林が劣化した山地に“健全で、豊かな”森林土壌を回復させることだと教えられた。それは、林業界では腐食を多く含むA層を中心とした“豊かな”森林土壌の再生で、木材生産にとっても有利だと受け取られたが、水源林での伐採は想定されていなかった。 [実際には豊かなA層の形成には至らないまでも、落葉落枝や下草で土壌の表面が覆われているという意味での“健全な”森林土壌を回復させるだけで浸透能力を向上させられる点が重要で、] これが水源涵養機能を発揮させる森林整備の核心であった。   

  

成長した樹木は伐採する

 わが国の森林は1960年代以降、上述の水源林造成事業や治山事業、造林事業、あるいは燃料革命や肥料革命などによって急速に回復し、現代の山地は、最初に述べたように、すでにほとんど森林で覆われている。そのため、はげ山や劣化した森が広がっていた半世紀前と比較すると、すでに雨水浸透能力はおおむね回復している。
 したがって健全な水循環の面からは、間伐が遅れたためやシカなどの食害によって地表の植生が消滅しているような特殊な林地での雨水浸透能力の回復に努めるという、よりきめ細やかな森林整備が必要である。もちろん高標高地や風衝地などの過酷な気象条件、花崗岩山地や火山地域などの特殊な地質条件、山崩れや火山噴火、津波などまれな自然現象によって裸地化した林地では植栽等によって裸地を解消するのは当然である。
 よく知られているように、雨水が森林土壌内に浸透すれば、地中では地中流または地下水流となって地表よりゆっくり流れ、河川には遅れて流出してくる。したがって、豪雨の際には洪水を緩和する。また、はげ山の場合、豪雨は洪水となって直ちに海まで流出してしまうので水資源としては無駄になってしまうが、森林があってゆっくり流出してくれれば、河川水を使うチャンスが増えて水資源として利用できる。さらに地下水は地表水より清澄で、ミネラルを含み、酸性雨でも中性化してしまう(水質浄化機能)。
 一方、大きく育った樹木、鬱蒼と茂った森林は、枝葉に大量の雨水を付着させるので、その一部を蒸発させてしまう。また、晴天時には光合成に伴う蒸散作用によって地中の水分を蒸発させてしまう。つまり、成長した森林は水を大量に消費し、水収支の面からは地下水涵養量を減少させてしまう。従って水源涵養=水資源利用の面からは、遮断蒸発や蒸散に関係する樹冠すなわち森林の地上部はできる限り小さくする方がよい。すなわち、成長した樹木は伐採した方がよいことになり、これは森林が劣化していた時代に森林を造成し、森林土壌を回復させることによって水源涵養機能を向上させた方法とは異なることを理解する必要がある。   

  

林地を荒らさず伐採を繰り返す

 以上より、人工林を中心とした林業の現場での水源涵養機能の高度発揮とは、間伐や枝打ちをたびたび行い、林地を荒らさずに伐採を繰り返すことである。すなわち、伐採の際に地表を攪乱し裸地化させることがなければ、間伐だけでなくむしろ皆伐を行う森林整備が水資源利用面からは推奨されることになる。
 要するに、除伐、間伐、枝打ち等をしっかり行い、伐採齢に達すれば皆伐する適切な林業をもっと盛んにすることよって水源涵養機能もますます高まるのである。
 かつての荒廃山地での水源林造成のように裸地に森林を造成して雨水浸透能力を回復させる森林整備とは異なる新感覚の森林整備が必要である。現代は水源林であっても適切な林業を行うことが望ましく、森林の木材生産機能と水源涵養機能は完全に一致する。付言すれば、林地保全に配慮した適切な伐採を行えば林地の浸透能は維持されるので洪水緩和機能を大きく損なうことはない。
 かつてのように伐倒木を引きずって地表を攪乱し裸地化させるような乱暴な伐出や林地を破壊するかのような林道・作業道の作設を避けて適切な木材生産を行えば、林業の振興が進めば進むほど森林の水源涵養機能を高めることができるのである。水源涵養機能の高度発揮のためにも林業は頑張る必要がある。


 ・[ ]内の文章はホームページ掲載時に修正した。
  

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