海岸林再生

●「東日本大震災に係る海岸防災林の再生に関する検討会」の最終報告書が2012年2月に公表されました。内容は林野庁ホームページ同検討会報告でご覧になれます。


●以下は、ぐりーん&らいふ2011年秋号に掲載された緊急報告「海岸防災林」です。   

  

東日本大震災巨大津波による海岸林の破壊とその再生



 3月11日に発生した巨大津波は多数の尊い生命と貴重な財産を奪ったが、多くの海岸林が破壊されたこともよく知られている。林野庁が設置した「東日本大震災に係る海岸防災林の再生に関する検討会」はこのほど中間報告を公表したが、筆者はその委員として幾つかの現場を視察し、報告書の取りまとめにかかわった。また相前後して幾つかの関連シンポジウムにも参加した。本稿では、それらの経験を基に、海岸林再生の必要性と緊急性について報告する。
 巨大津波の猛威を目の当たりにした私たちの第一印象は木造住宅や海岸林の無力さであったが、実際はコンクリートの建物や防潮堤もやはり非力であったことが分かった。所によっては20メートルを超える津波によって海岸林は幹折れ、倒伏などの被害を受け、根返りしたものの大部分は流失してしまった。流木の一部は内陸側の被害を助長したとも言われている。しかし、激甚災害地を除く多くの地域で、健全な海岸林が存在した場所ではそれがなかった場所より相対的に津波の被害が少なかった。また、自ら被災した海岸林でも津波のエネルギーを弱め、内陸側への津波到達時間を遅らせ、船舶など多くの漂流物を捕捉して文字通り“減災”に貢献した。わずかに残った松ノ木につかまって助かった人もいたという。 ほとんどが保安林に指定されている海岸林の防災機能としては、防風、防霧、飛砂防止のほか、津波防止も高潮防止、塩害防止等とともに潮害防止機能として認められてはいたが、検討会はその効果を科学的に明確に示し、津波減災の多重防御の一翼を担えるものと認定した。このことから海岸林は単なる再生を超えて強化が必要とも言えるだろう。さらに、近い将来に巨大地震が想定されている地域を含めて、全国の海岸林でその見直し・強化が不可欠だろう。
 ところで、「白砂青松」で知られる海岸林は自然の林と思い込んでいる人が多いが、そのほとんどは海からの強風に乗って押し寄せる「飛砂」の害を防ぐために造られた人工林である。飛砂の元は海の砂。その海の砂の大部分は山で生産された土砂が海に流出し、沿岸流という潮流に乗って各地の砂浜海域に運ばれてきたものである。 すでにご存知の読者が多いと思うが、わが国では16世紀頃より森林の減少が全国的に急速に進み、いわゆるはげ山が各地に出現した。はげ山ではなくても森林は劣化し、ほとんど木のない山や草地が広がっていた。江戸時代中期以降約300年にわたって日本の山、とくに里山は現在の途上国の山のように荒廃していた。当然のことながら山崩れや表面侵食が多発し、平地では洪水が頻発した。熊沢蕃山らが「治山治水」を叫び、「山川の掟」が発せられ、各地に土砂除林や水野目林が造られた。現在の日本人が皆「木を伐ってはいけない。森を大切にしよう」というのは300年わたる森林荒廃から学んだ日本人の知恵が元になっている。したがってその頃、大量の土砂が川に流出し、途中で細かく砕かれて砂となって海の流れ出したのである。中流の平地で土砂の堆積により河床が上昇し洪水が氾濫したことはよく知られているが、河口に砂がたまって河口閉塞を引き起こし下流低地での洪水氾濫を拡大させたことはあまり知られていない。 海からの飛砂は本当に激しかった。近代治山事業の始まった後の昭和の初めでも、新潟市が砂で埋まるのではないかという話まであったという。17世紀以降、海岸近くに住む人々は飛砂の害を防ぐため、まず堆砂垣を用いて砂を止めることにより人工的に砂丘を形成させ、その上にクロマツの苗を植えて静砂垣で保護するなど、苦労して海岸林を造成した。人々が各地の海岸林を大切に保護し続けてきたのはそのためであるが、過去半世紀の間にわが国の森林は復活し、表層崩壊や表面侵食が少なくなったばかりでなく、飛砂の害もほとんど聞かれなくなり、人々の過去の苦労や海岸林の防災機能は忘れさられたような感がある。
 今回被災地で人々と話して印象的だったのは、海岸林がなくなって初めてそれが潮風の害を防いでくれていたことが分かったと言う人や海岸林がないと海が怖いと言った人がいたことである。やはり海岸林の機能の第一は防災機能なのである。今では飛砂害はなくなったが、地球温暖化のもと、巨大台風による高潮の脅威はむしろ増加している。したがって、海岸林の再生は緊急を要する。 一方で現在の海岸林は美しい景観、散策や保養、レクリエーションの場として人々に親しまれているほか、浜辺の自然生態系が維持される場としても重要である。また、先人の労苦をしのぶ文化財的価値、あるいは海岸林の保全のためのボランティア活動などを通じて森林と地域とのつながり、人と人とのつながりが生まれる場としても役立っている。この面からも海岸林の再生は不可欠である。 さらに考えてみれば、海岸地域はもともと河川が氾濫し、津波・高潮が襲う災害常襲地帯で、人々が暮らすには必ずしも適地ではなかった。しかし私たちは港を造り、都市を造って繁栄してきた。そこが津波にやられたのである。この際、海岸地域の土地利用を見直すことも考慮されるべきであろう。 中間報告では海岸林の再生にあたっては地域のグランドデザインと整合させることが必要であるとしているが、単に作られたグランドデザインに整合させるのではなく、森林・林業界からも望ましい海岸地域のあり方について積極的に提案していく姿勢が必要と思われる。その理由は、前述したような海岸地域の性質をよく知っているのは、海岸林造成グループである私たちのはずであるからである。その際、土地の性質を考慮してできる限り自然を復活させる、あるいは自然に近い土地利用を取り戻すグランドデザインを提案することになろう。それは海岸林を積極的に生かしたものとなるはずである。
 海岸林の再生にあたっては注意すべき点が幾つかある。林帯幅をできる限り確保するのは当然であるが、地盤高をできる限り高くすることも重要である。津波の被害は地盤高と健全な海岸林の複合作用によって大きく減災されるものだからである。樹種はクロマツを主体とすべきである。なぜクロマツなのか。それは多様な樹種からクロマツが選択されたのではない。日本の大部分の地方では、砂丘地ではクロマツ以外の高木はほとんど育たなかったのである。しかしもともとマツは乾燥気味の土地を好む性質があるため、地盤高が低く地下水の高い場所には不向きである。今回根返り・流失したクロマツの大部分はそのような場所に植栽されたものであった。したがってそのような場所にクロマツ林を再生する場合は盛土が不可欠である。一方で飛砂害の心配がなくなった現状では、林帯の内陸側では広葉樹等の植栽も考えられる。潮風害や土壌条件に配慮した慎重な樹種選択が必要である。 長期的な観点からは海岸侵食対策も考慮する必要があろう。全国の砂浜海岸で沿岸流砂の供給量が減少し、離岸堤が造られている事実がそれを裏付けている(その主な原因が森林の復活にあることを海岸工学関係者はお気づきだろうか)。  今後、中間報告で提案されている多機能海岸防災林の設計などとともに、苗木の供給体制を早急に整備することが必要である。津波減災に効果的な林分構造の研究も進めていかねばならない。これらを含め、近傍の森林組合等を中心とした森林・林業グループの技術力の発揮が不可欠である。私たち森林・林業関係者は全体としてこの大震災を、海岸林の再生問題を通して森林の多面的機能を改めて確認し、防災林・環境林を含めた森林管理技術を磨いていく新たな契機としたい。   

●以下は、検討会の席で配布した太田猛彦のメモです。   

海岸林再生メモ(太田猛彦)2001.5.30原案、6.13修正、7.8修正

○ 海岸林と津波・海岸林の再生(基本)

1.海岸林(林帯幅などが通常のもの)は中小の津波の被害を防止できる(3m程度か)。それより大きな津波に対しても一定の被害軽減効果がある。その効果は地盤のかさ上げ(数m程度でも)・林帯幅の増加などによって高められる。
今回の巨大津波に対しても、減衰効果・流速低減効果・漂流物の捕捉効果などの被害軽減効果を発揮した。つまり、海岸林自身が被災した場合を含めて、津波の規模に応じたそれぞれの段階で、被害防止から軽減までの効果を発揮する。コンクリートの防潮堤のように津波が越流したら効果がゼロになる、つまり1か0(ゼロ)か、というものではない(森林の性質@)。
2.海岸林は高潮防止、潮風害防止、防風、防霧、飛砂防止などの防災機能のほか、景観の保全、保健・レクリエーション、海浜生態系保全など多面的機能を持つ。さらに国土の荒廃していた時代に飛砂害防止のために先人が植栽し、代々人々によって維持・管理されてきた海岸林は文化的価値を持つ。またボランティア活動を通して森林と地域とのつながり、人々同士のつながりをはぐくむという現代的効果もある。したがって海岸林の再生は必須である。コンクリートの防潮堤のように単目的ではない(森林の性質A)。
3.今回の大津波のような、一定のレベルを超えた外力に対しては海岸林の力は微力とも言える(一般的には無力に見えるばかりか、流木の供給源となり被害を拡大することもある)。つまり海岸林も被害者なのである。一刻も早く再生して通常の災害に備えることが必要で、それには人間の手助けが不可欠である(森林の性質B)。
4.海岸林の再生は津波の規模の想定や地域の条件によって手法が異なる。再生にはできる限り機能の増強を図る再生が必要である(林分特性のみでなく微地形等との関係も含めた海岸林の津波防止・軽減効果の詳しい調査が必要)。また、防潮堤などのハードな工作物との組み合わせなども考えられる(省庁を超えた対応が必要)。 人工砂丘等と組み合わせた積極策もある(瓦礫処理を含めれば一石二鳥)。さらには、海岸地域の土地利用計画の見直しも考慮されるべきである(別紙A参照)。
5.海岸林を含めた海岸地域の防災能力の増強は全国の海岸で必須である。特に巨大地震が想定されている地方では、直ちに調査・計画にとりかかるべきである。

○ 復興計画作成に当たっての森林からのアピール

A.本来海岸には砂丘・後背湿地・湖沼・三角州・砂嘴・ラグーンなどが形成され、このような場所は津波や高潮、洪水などに襲われる場所であり、人間の居住に適した場所ではなかった。かつて私たちの祖先はもう少し内陸の小高い場所に住んでいた。 しかし私たちは港を造り、さらに都市を造って生活の場を広げ、経済を発展させ、繁栄してきた。(それと引き換えに海岸林は縮小され、その機能を低下させてきた。)その繁栄の結果が今回の大震災での多大な犠牲につながっているとも言える。地域の復興計画を検討する際、このような事実を思い起こすべきではないか。 海岸林を復活させるだけでなく、海岸の自然を取り戻す内容を含めるべきである。具体的には海岸林を拡大し、その多面的機能を高めるチャンスである(地域を説得しよう)。特に、都市近くの海岸林の多面的機能が重要性を増す時代が来ている。
B.東北地方の復興計画は人命を守ることを大前提とするが、その上で自然と共存する計画であるべきで、神戸市のような都市的な復興ではない。人工地盤などが計画されているが、コンクリートや鉄を使った構造物は最小限にすべきである。 遠野は自然と人々の生活が調和した世界として知られている。海岸に「海の遠野」的地域は残さなくてよいのか。陸と海との自然のつながりを無視してよいのか。防潮堤を造らず小高い丘にのぼって被災を免れた集落があるが、(そのために低地での被害は増加したかもしれないが、)防潮堤を造らなかったから生物や自然が戻ってきたのではないか。
C.今回の災害では木造建造物の無力さが強調されているようたが、コンクリートの構造物だって無力であったのだ。6階建てを造っても4階までは使えないではないか。地域資源である木材を使った住宅や施設などが建てられる復興計画であるべきだ。 巨大津波と原発事故のあとで化石燃料回帰の声が上がっているが、人類の本当の危機は津波よりも原発よりも地球温暖化である(差し迫っていないので緊迫感はないが)。そんな中で、再びコンクリートと鉄を使った地域づくりで二酸化炭素を大量に排出するのか。
D.バイオマスエネルギーと自然エネルギーを総合的に利用するカーボン・ニュートラル(カーボン・フリー)な地域(集落規模・町村規模など)を次々に造っていくべきではないか。その際、森林・林業関係者は、森林バイオマス利用のみを主張するのではなく、農業系バイオマスや自然エネルギーを組み込んだ計画を主張すべきである。その中で森林を活かすべきである。

○ 海岸林・松林の形成

T.海岸の地形
・ 山地からの土砂の供給
・ 河川による低平地(沖積平野・三角州)の形成
・ 河口から海に流出した砂は沿岸流によって移動する(漂砂)
・ 漂砂は河口に砂嘴をつくり(河口閉塞)、また高波によって海岸に打ち上げられて砂浜(砂浜海岸)を形成する (内湾では流出した砂が干潟を形成する)
・ さらに強風による「飛砂」によって砂丘が成長する
・ 砂嘴や砂丘の背後には湿地帯や湖沼(ラグーン)が形成される
U.海浜植物
・ 海浜では常に潮風の影響があり、また貧栄養の砂地が多いため、特殊な植物群落とそれを基盤にした海浜生態系が形成される。 ハマヒルガオ、ハマエンドウなどの草本、木本ではトベラ
・ このような土地に最も適した高木がマツ類、特にクロマツであり、マツ林は海岸の景観の主構成要素となっている。 (南方ではモクマオウ、琉球マツ、北方ではカシワなど)
・ 熱帯地方では沿岸の海側にマングローブ林が発達することはよく知られている
V.砂丘の発達
・ 砂丘の発達は日本人の歴史(稲作農耕社会の発達)と関係が深い
・ 16世紀から19世紀にかけて日本の山地(里山)では森林が劣化し、激しい侵食作用が起こった(いわゆるはげ山での表面侵食や荒廃森林・草地での表層崩壊)
・ そのため山地から河川への土砂流出が増加し、各地に天井川(扇状地)を発達させ、頻繁に洪水氾濫を引き起こし、さらに土砂は砂粒となって海へ流出した
・ このため各地の砂浜海岸では砂の供給が増加し、それらは飛砂となって砂丘を発達させ、さらに飛砂は内陸の農耕地帯や居住地域まで達するようになった
・ このように、砂丘の発達(や扇状地の形成)は私たちの祖先の暮らしと関係する人為的現象と言える面もあるのである
・ なお、治山・砂防事業や戦後の造林政策の結果、またいわゆる燃料革命・肥料革命の結果、日本の森林は再生・復活し、土砂生産や流出土砂の減少を招いた。そのため海への流出砂も減少し、各地の海岸で砂浜の後退が発生している。したがって、飛砂の害も激減している
W.海岸林・マツ林は人が造ったもの
・ 16、7世紀ごろ、飛砂の害は人々の生活を直接苦しめるようになった
・ そのため江戸時代、海岸に面する各藩は飛砂の防止、すなわち砂丘の固定に力を注ぎ、そこにクロマツを植栽した(堆砂垣や静砂垣を開発)。これは海岸砂防林と呼ばれた
・ 全国各地の海岸のマツ林はこのようにして人々の努力ででき上がったものである
・ その後も人々はマツ林の保全に努め、その結果として美しい白砂青松の景観が形成され、マツに懐く日本人独特の感情も手伝って、現在では観光地となっているところも多い
・ なお、戦後の治山事業により植栽し、現在成林しているマツ林も多い   

関連記録:
 ・林野庁広報誌RiNYA August2011(8月号)緑のエッセー(巻頭言)

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