海岸林再生メモ(太田猛彦)2001.5.30原案、6.13修正、7.8修正
○ 海岸林と津波・海岸林の再生(基本)
1.海岸林(林帯幅などが通常のもの)は中小の津波の被害を防止できる(3m程度か)。それより大きな津波に対しても一定の被害軽減効果がある。その効果は地盤のかさ上げ(数m程度でも)・林帯幅の増加などによって高められる。
今回の巨大津波に対しても、減衰効果・流速低減効果・漂流物の捕捉効果などの被害軽減効果を発揮した。つまり、海岸林自身が被災した場合を含めて、津波の規模に応じたそれぞれの段階で、被害防止から軽減までの効果を発揮する。コンクリートの防潮堤のように津波が越流したら効果がゼロになる、つまり1か0(ゼロ)か、というものではない(森林の性質@)。
2.海岸林は高潮防止、潮風害防止、防風、防霧、飛砂防止などの防災機能のほか、景観の保全、保健・レクリエーション、海浜生態系保全など多面的機能を持つ。さらに国土の荒廃していた時代に飛砂害防止のために先人が植栽し、代々人々によって維持・管理されてきた海岸林は文化的価値を持つ。またボランティア活動を通して森林と地域とのつながり、人々同士のつながりをはぐくむという現代的効果もある。したがって海岸林の再生は必須である。コンクリートの防潮堤のように単目的ではない(森林の性質A)。
3.今回の大津波のような、一定のレベルを超えた外力に対しては海岸林の力は微力とも言える(一般的には無力に見えるばかりか、流木の供給源となり被害を拡大することもある)。つまり海岸林も被害者なのである。一刻も早く再生して通常の災害に備えることが必要で、それには人間の手助けが不可欠である(森林の性質B)。
4.海岸林の再生は津波の規模の想定や地域の条件によって手法が異なる。再生にはできる限り機能の増強を図る再生が必要である(林分特性のみでなく微地形等との関係も含めた海岸林の津波防止・軽減効果の詳しい調査が必要)。また、防潮堤などのハードな工作物との組み合わせなども考えられる(省庁を超えた対応が必要)。
人工砂丘等と組み合わせた積極策もある(瓦礫処理を含めれば一石二鳥)。さらには、海岸地域の土地利用計画の見直しも考慮されるべきである(別紙A参照)。
5.海岸林を含めた海岸地域の防災能力の増強は全国の海岸で必須である。特に巨大地震が想定されている地方では、直ちに調査・計画にとりかかるべきである。
○ 復興計画作成に当たっての森林からのアピール
A.本来海岸には砂丘・後背湿地・湖沼・三角州・砂嘴・ラグーンなどが形成され、このような場所は津波や高潮、洪水などに襲われる場所であり、人間の居住に適した場所ではなかった。かつて私たちの祖先はもう少し内陸の小高い場所に住んでいた。
しかし私たちは港を造り、さらに都市を造って生活の場を広げ、経済を発展させ、繁栄してきた。(それと引き換えに海岸林は縮小され、その機能を低下させてきた。)その繁栄の結果が今回の大震災での多大な犠牲につながっているとも言える。地域の復興計画を検討する際、このような事実を思い起こすべきではないか。
海岸林を復活させるだけでなく、海岸の自然を取り戻す内容を含めるべきである。具体的には海岸林を拡大し、その多面的機能を高めるチャンスである(地域を説得しよう)。特に、都市近くの海岸林の多面的機能が重要性を増す時代が来ている。
B.東北地方の復興計画は人命を守ることを大前提とするが、その上で自然と共存する計画であるべきで、神戸市のような都市的な復興ではない。人工地盤などが計画されているが、コンクリートや鉄を使った構造物は最小限にすべきである。
遠野は自然と人々の生活が調和した世界として知られている。海岸に「海の遠野」的地域は残さなくてよいのか。陸と海との自然のつながりを無視してよいのか。防潮堤を造らず小高い丘にのぼって被災を免れた集落があるが、(そのために低地での被害は増加したかもしれないが、)防潮堤を造らなかったから生物や自然が戻ってきたのではないか。
C.今回の災害では木造建造物の無力さが強調されているようたが、コンクリートの構造物だって無力であったのだ。6階建てを造っても4階までは使えないではないか。地域資源である木材を使った住宅や施設などが建てられる復興計画であるべきだ。
巨大津波と原発事故のあとで化石燃料回帰の声が上がっているが、人類の本当の危機は津波よりも原発よりも地球温暖化である(差し迫っていないので緊迫感はないが)。そんな中で、再びコンクリートと鉄を使った地域づくりで二酸化炭素を大量に排出するのか。
D.バイオマスエネルギーと自然エネルギーを総合的に利用するカーボン・ニュートラル(カーボン・フリー)な地域(集落規模・町村規模など)を次々に造っていくべきではないか。その際、森林・林業関係者は、森林バイオマス利用のみを主張するのではなく、農業系バイオマスや自然エネルギーを組み込んだ計画を主張すべきである。その中で森林を活かすべきである。
○ 海岸林・松林の形成
T.海岸の地形
・ 山地からの土砂の供給
・ 河川による低平地(沖積平野・三角州)の形成
・ 河口から海に流出した砂は沿岸流によって移動する(漂砂)
・ 漂砂は河口に砂嘴をつくり(河口閉塞)、また高波によって海岸に打ち上げられて砂浜(砂浜海岸)を形成する (内湾では流出した砂が干潟を形成する)
・ さらに強風による「飛砂」によって砂丘が成長する
・ 砂嘴や砂丘の背後には湿地帯や湖沼(ラグーン)が形成される
U.海浜植物
・ 海浜では常に潮風の影響があり、また貧栄養の砂地が多いため、特殊な植物群落とそれを基盤にした海浜生態系が形成される。 ハマヒルガオ、ハマエンドウなどの草本、木本ではトベラ
・ このような土地に最も適した高木がマツ類、特にクロマツであり、マツ林は海岸の景観の主構成要素となっている。 (南方ではモクマオウ、琉球マツ、北方ではカシワなど)
・ 熱帯地方では沿岸の海側にマングローブ林が発達することはよく知られている
V.砂丘の発達
・ 砂丘の発達は日本人の歴史(稲作農耕社会の発達)と関係が深い
・ 16世紀から19世紀にかけて日本の山地(里山)では森林が劣化し、激しい侵食作用が起こった(いわゆるはげ山での表面侵食や荒廃森林・草地での表層崩壊)
・ そのため山地から河川への土砂流出が増加し、各地に天井川(扇状地)を発達させ、頻繁に洪水氾濫を引き起こし、さらに土砂は砂粒となって海へ流出した
・ このため各地の砂浜海岸では砂の供給が増加し、それらは飛砂となって砂丘を発達させ、さらに飛砂は内陸の農耕地帯や居住地域まで達するようになった
・ このように、砂丘の発達(や扇状地の形成)は私たちの祖先の暮らしと関係する人為的現象と言える面もあるのである
・ なお、治山・砂防事業や戦後の造林政策の結果、またいわゆる燃料革命・肥料革命の結果、日本の森林は再生・復活し、土砂生産や流出土砂の減少を招いた。そのため海への流出砂も減少し、各地の海岸で砂浜の後退が発生している。したがって、飛砂の害も激減している
W.海岸林・マツ林は人が造ったもの
・ 16、7世紀ごろ、飛砂の害は人々の生活を直接苦しめるようになった
・ そのため江戸時代、海岸に面する各藩は飛砂の防止、すなわち砂丘の固定に力を注ぎ、そこにクロマツを植栽した(堆砂垣や静砂垣を開発)。これは海岸砂防林と呼ばれた
・ 全国各地の海岸のマツ林はこのようにして人々の努力ででき上がったものである
・ その後も人々はマツ林の保全に努め、その結果として美しい白砂青松の景観が形成され、マツに懐く日本人独特の感情も手伝って、現在では観光地となっているところも多い
・ なお、戦後の治山事業により植栽し、現在成林しているマツ林も多い
関連記録:
・林野庁広報誌RiNYA August2011(8月号)緑のエッセー(巻頭言)