堰堤撤去

  

治山堰堤の撤去

 昨年11月、国有林内の渓流(関東森林管理局・三国峯国有林、赤谷川支流茂倉沢:群馬県みなかみ町地内)で治山堰堤(ダム)を撤去した話題がマスコミをにぎわした。コンクリート構造物の中でもダムは、いわゆるハコモノづくりの面からも環境保全の面からも、いまや国民の敵の感がある。治山堰堤も環境保全、特に渓流生態系保全の観点から悪者視され、わずか数メートルの高さの堰堤でもその撤去には全マスコミが集まったようである。   

 治山堰堤は山地の保全と土砂災害の防止を目的として、渓床や山脚の侵食防止、流出土砂の制御等のために設置されている。茂倉沢の堰堤群は1960年前後に建設され、半世紀にわたってその役割を果たしてきたかに見えるが、経年劣化が激しく、近年数基が破壊された。そのため不安定土砂が発生し、災害防止の観点から早急に対策が必要となった。一方、茂倉沢を含む赤谷川流域は「赤谷プロジェクト」と呼ばれる生態系保全プロジェクトが進行中の生物相豊かな流域であり、茂倉沢では山地災害防止と生物多様性復元という二つのニーズの双方を満たす治山事業が要請されることとなった。
 そこで関東森林管理局は2005年に「茂倉沢治山事業全体計画に関する検討委員会」を立ち上げ、単に堰堤を補修あるいは再建するのではなく、できる限り生態系保全に貢献する治山計画を検討することとなり、私が検討委員会委員長務めることとなった。そして、堰堤群の取り扱いについて慎重な議論の結果、すでに2007年度に2号堰堤について堤体中央部撤去が決められたのであるが、昨年度は付近でクマタカの営巣が確認されて工事は中止となり、今回の撤去となったのである。   

 ところで、本来必要があって設置されていた堰堤であるのに、今回堤体中央部が撤去できた理由を述べておこう。
・流域内の森林の充実により1950年代に頻繁に発生していた多数の表層崩壊(比較的小さな浅い崩壊)が起こりにくくなり、今後は少数の大規模な崩壊への対応が中心となるが、それらは堤体袖部で対応可能である。
・上流の不安定土砂の流出に対応するため、下流側に保全工(落差のない構造物)を設置する。
・災害を起こさない範囲で土砂を下流に流す必要がある。それが渓流の本来の姿である。
なお、今後撤去できない他の堰堤についても、
・技術と材料の進歩により堰堤の下流法面(下流側の面)を緩傾斜にして渓流の連続性を確保することが可能である(例えば、魚が遡上できる)。
・局所的な不安定土砂のコントロールは木製構造物など柔軟な構造物で一時的に対処し、その後は自然になじませる。
などの処置が考えられる。また、
・施工後は渓流環境の変化をモニタリングし、不具合の是正などいわゆる順応的管理を行う。   

 私は、上述の事例に見られるような、山地災害防止の面からも生態系保全の面からもレベルアップした治山事業・砂防事業の早期実現を願って、すでに1999年に「渓流生態砂防学」を編著・刊行している。したがって、今回ようやくその願いが本格的に実現したことを喜んでいる。日本では山地の土砂災害は今後も必ず発生する。災害防止と生態系保全のバランスをどのあたりに置くかは個々の渓流が置かれている条件や技術開発の程度によって異なることを踏まえた上で、全国の渓流でこのような治山事業・砂防事業がいっそう進むことを願っている。
(2010年1月記)   

関連著作:
 渓流生態砂防学(編著、東京大学出版会、1999)
 渓流生態系の保全と川の再生、「河川文化<その六>」55-124(日本河川協会、2001)

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