山地災害対策

●以下は、ぐりーん&らいふ2016年春号に掲載された報告「東日本大震災その後 第4回 山地災害対策」で、おもに林業関係者にお読みいただきたいものです。
  

  

“防災”から“減災”へ思想を転換


 シリーズ・東日本大震災その後の最終回は「山地災害対策」で締めくくろう。“想定外”といわれた2011年の大震災を経験して日本人は改めて「災害を完全に防ぐことはできない」ことを学んだ。そして、科学技術やそれに基づいた巨大構造物の建造などの人智を過信した“防災”の思想を転換し、“減災”の考え方が導入されて、レベル2や多重防御という言葉が生まれた。さらに警戒・避難の重要性が強調されるようになった。
 一方、山地では、同じ年に紀伊半島で頻発した深層崩壊、2013年伊豆大島および2014年広島市の土石流災害、2015年御嶽山の火山噴火災害、平地では2015年常総市での洪水氾濫災害など、次々と重大災害が発生した。本稿ではこうした大規模災害後の自然災害対策の現状と山地災害対策の動向を報告する。   

  

減災と警戒・避難

 減災の思想の典型的な考え方は東日本大震災で甚大な被害を受けた東北三県での海岸地域の防災対策に見られる。
 すなわち、レベル1(100年に一度起こる程度)の災害には構造物などのハード対策によって対応し、それを超えるレベル2(1000年に一度起こる程度)の災害にはおもに警戒・避難によるソフト対策で対応するというもので、すでにレベル1の津波を想定した防潮堤の建設が行われている。
 また一方で、警戒・避難の方法が活発に議論されており、実際に避難に成功した、あるいは失敗した多くの事例が検証に付されている。

自主的避難の重要性

 その中ではまず自主的に避難することの重要性が叫ばれ、「津波てんでんこ」という言葉が有名になった。率先して逃げることが、自分が助かるだけでなく、逃げることを躊躇している周りの人に避難を促す効果もあるというのである。そこで、自主的避難について思いつくことをまとめておく。
 ほぼ瞬間的な判断を要求される地震への対応は別として、自分の五感あるいは外からの第一報で危険を感じたら、出来る限り正確な情報を得るように努力しながら早めに非難を開始することになる。これからはスマートフォンが重要な情報源となるだろう。時間に余裕があれば緊急避難場所に向かうことになるが、普段からその場所とそこへのルート(災害発生時の交通状況等も考えて)を知っておく必要がある。
 豪雨による山腹崩壊・土石流や洪水氾濫、火山噴火による溶岩流・泥流・土石流、津波などで危険が迫り、指定された緊急避難場所まで到達できる見込みがなくなった場合、自分自身でより危険の少ない場所を探すことになる。そのためには普段から自分の居所周辺の自然地形を十分把握しておくことが不可欠である(2013年冬号参照)。
 これらはほとんどが流れによる災害なので、より高いところあるいは流れの陰になる場所を目指すことになる。場合によってはコンクリート製など頑丈な建造物のより高いところあるいはその陰も候補地である。さらに危険が切迫した場合はむしろ建物内に残り/移動し、いわゆる垂直避難(より上の階への移動)、さらには水平避難(流れの下流側の部屋/場所へ移動)を行って危険を避けることになる。

災害弱者の安全避難対策を

 しかしながら地域には自分で避難することが困難な老人や病人などいわゆる災害弱者と呼ばれる人々が存在し、高齢社会の進行によって今後ますます増加する傾向にある。
 したがって、自主的避難がいかに進もうとも、そのような人々を含めて住民や旅行者その他をより安全に避難させる警戒・避難体制の構築が行政には必要である。
 各市町村は単に緊急避難場所の整備や避難経路の決定だけでなく、関係機関と連携し、地元を巻き込んだ防災教育や避難訓練を実施することが不可欠である。最近有識者から、常総市の水害(鬼怒川の堤防決壊と氾濫)の経験を基に、ハザードマップを作成する際、住民にとって一目で判りやすいマップとするようにとの要請があった。

発生前からのタイムラインを

 市町村にはさらに、巨大台風などによる豪雨災害が予想される場合、タイムライン(災害対応のスケジュール表)と称する時系列に沿った防災・減災・復旧体制の構築が要請されている。
 例えば、台風が接近すると予想される1週間前、2日前、24時間前、12時間前、6時間前、接近時、通過直後、1時間後、3時間後・・・等に誰が何を行うかを決めておき、それを関係者全員が共有して対応していくことである。地域の住民側も町内会などの自治組織を中心に行政とともにあるいは自主的にこのようなイメージを持って日頃から災害に備えておくことが望ましい。
 災害発生後の復旧・復興についてはすでに計画済であろうが、災害発生前を含めたタイムラインの考え方は重要である。
 私はある新聞社がCSRとして実施している小・中学生を対象とした防災教育にアドバイザーとして参加している。
 この防災教育では大地震の発生を想定して、揺れている最中、揺れが収まった1分後、5分後、10分後、30分後、1時間後、3時間後、6時間後、12時間後、1日後、1週間後・・・等に自分はどう行動しているかを想像して巻物風(防災巻と称する)に記入し、クラスメイト同士がその行動の良否をチェックする授業が行われている。
 授業が進むと、仮に地震/津波の発生が1分前、5分前、1時間前、6時間前、1日前に予知されたとき、その時点以降どのように行動して地震/津波の発生に備えるかを考えさせている。
 そのような考えの延長として、地震の発生が半年前、1年前、3年前、10年前に予測されたときの行動が、例えば南海トラフ巨大地震への備えということになるだろう。
 このように、時系列で防災・減災さらに災害後の復旧・復興を考えておくことは極めて有効であると思われる。   

  

山地災害対策

異常豪雨対策が重要に

 2011年以降の一連の自然災害を経験して火山情報や気象情報での警報の出し方は一段ときめ細かく、また分かり易くなったが、深層崩壊や火山性の災害は予知・予測が難しく、治山や砂防の分野でのハード対策が大きく進んだ印象はない。
 このうち、深層崩壊の予知・予測の研究は航測レーザ計測その他による微地形判読や地質調査、地下水水文観測などの結果に基づいた危険地予測手法の開発研究が行われているが、精度の劇的な向上は実現していない。
 一方、平成の時代に入って日本の森林の蓄積は一段と進み、森林の国土保全機能はすでに十分発揮されている。
 その証拠に、2014年広島市で発生した土石流災害の際の山腹崩壊の発生個数は昭和時代に同地方で発生した同規模の豪雨による山腹崩壊発生個数に比べて桁違いに少ない。
 しかしながら、近年地球温暖化の影響といわれている豪雨の大規模化によって、谷頭に発生した数少ない崩壊がトリガーとなって、そこに大量の流水が加わった結果、土石流の規模は予想外に大きくなった。今後の土石流対策としては土砂流出防備保安林の充実や緩衝林帯の造成が有効と思われる。
 常総市の水害の例もあるように、今後は温暖化に伴う異常豪雨災害の発生が予想されているので、台風や活発な前線活動に対しては怠りなく警戒していく必要があるだろう。
 関連して、土砂災害防止法に基づく土石流や表層崩壊/がけ崩れ(やや規模の大きいものを含む)、地すべりを想定した土砂災害警戒区域および同特別警戒区域の指定が急がれる。
広島災害のあとに同法は改正され、指定の促進とともに基本調査後直ちに危険区域を公表することが義務化されたが、総じて土砂災害対策の基本は変わっていない。

火山災害対策の充実を期待

 火山災害対策については、火山噴火警戒避難対策事業や火山噴火緊急減災対策計画の策定が進んでいる。溶岩流、火砕流、雪泥流、豪雨時の火山泥流については一般の土石流と同様にシミュレーション解析技術が進歩し、被災場所の予測精度は向上した。その成果は火山ハザードマップに生かされている。最近、活火山法が改正され、火山災害が予想される全国140市町村が火山災害警戒地域に指定され、そこでは火山防災協議会を設置して火山ハザードマップや火山噴火シナリオ(火山災害対応タイムラインとも言えるだろう)を作ることになった。先に述べたように火山情報の精緻化が進んでいるので、これらを生かした火山災害対策の充実が期待される。   

  

 以上、2011年の東日本大震災後の山地災害対策について思いつくままに取りまとめた。他にも、人口減少と過疎化が極端に進む山地地域ではいわゆる土地の不明化(所有者や管理者のわからない土地の発生)が進んでいる。
 土地の不明化は資源保全、国土利用、徴税、安全保障だけでなく、防災・減災・復旧対策にも悪影響を及ぼしかねない。土地制度全般の抜本的見直しが急がれる。   

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