海岸林の将来像

●以下は、日本緑化工学会誌41巻2号(2015年11月)に「海岸林の現状と将来像」として掲載された文書です。同誌では特集「海岸林再生の現状と課題」を掲載しています。
  

  

海岸林の現状と将来像


1.海岸防災林と津波

 2011.3.11東北地方太平洋沖地震によって引き起こされた巨大津波により、青森県から千葉県までの約140kmにわたって海岸林が激甚な被害を受けた。人々はこの津波災害によって巨大災害に対する“減災”の考え方を学ぶとともに、海岸林の防災機能を再認識することとなった。
 強大な津波に遭遇した海岸林は、幹折れ、倒伏、根返り・流失等の被害を受けながらも津波エネルギーの減衰、漂流物の捕捉等、植生が持つ独特の減災効果を発揮した。そのため政府の中央防災会議において、海岸防災林は高潮、飛砂、潮風害、塩害等の通常の防災効果に加えて巨大津波災害に対する多重防御の一翼を担う機能が明確に認められた。その結果、従来より強靭な海岸防災林の再生を目指して現在各県で造成工事が進行している。   

  

2.海岸林の歴史

 海岸林の再生を考える場合、海岸林を取り巻く環境の変化あるいは国土環境の変貌を認識しておくことが必要だろう。
 海岸防災林は飛砂害防止を主な目的として江戸時代以降に植えられた人工林に起源する。それは同時に、燃料材や農用資材、建築材あるいはきのこなどの供給地として実質的には海岸地域での里山の役割を担っていた。人々は苦労して砂浜海岸で成長可能な唯一の高木であるクロマツを植えたが、逆にクロマツは飛砂が襲い、また松葉掻きが盛んに行われるような環境に適していた。そのため、近代になって各地でクロマツ海岸防災林の造成が進み、1960年代末までには全国の砂浜海岸に現在の海岸林が成立していた。
 しかし、現在の海岸の環境は当時とは全く異なっている。河川上流で森林が回復した結果山崩れが少なくなり、山地から海岸への土砂の供給が減少して飛砂害は目立たなくなった(太田猛彦、2012)。化石燃料の利用が進み、松葉掻きも行われなくなった。そのため各地でマツ林に広葉樹が侵入している。また、明治期に侵入して戦後被害が目立つようになったマツ材線虫病の猛威は未だに収まりそうにない。一方で、海岸林の役割が変化している。人々は海岸林に“白砂青松”を生かした観光の機能や散策・癒しの機能、レクリエーションの場の機能、あるいは地域の生態系保全(生物多様性保全)の機能を求めている。   

  

3.海岸防災林再生の現状

 林野庁を中心に行われている海岸防災林の再生事業は、津波エネルギーの減殺や根返り・流出した林帯構成木自身を含む漂流物の補足機会の増大のため、できる限り幅の広い林帯の確保、強靭な根鉢を育成するために地下水面上2〜3mの不飽和土壌層を確保した生育基盤の造成、堅牢な林帯の造成を目指して確実な成長が見込めるクロマツを中心とし、広葉樹の長所も生かす植栽の推進等の整備目標を掲げて進行中である。生育基盤の造成に5年、クロマツ等の苗木の植栽にさらに5年という計画であるから、現在は生育基盤の造成の最中であり、一部で植栽まで完了したところがある。
現時点での課題は山砂を用いた盛土の改良、植栽樹種の選択、苗木の供給体制などがおもなものである。このうち樹木の生育基盤の盛土については風化すると粘土化する鉱物を含む山砂が使われ、最初は通常の土木工事での施工基準を用いて締め固められた盛土造成が行われた。そのため、生育基盤表土層の通気性・透水性が極めて悪く、苗木の成長阻害が懸念された。そこで排水溝の設置や盛土造成の際の表層土の施工法に工夫が凝らされ、現在は盛土表層に植栽に適した山砂を採用することや表層土の締め固めの調整を行うなどの改良が加えられているようである。なお、初期成長を確保するためには盛土の表面に雨水の溜まりやすい微凹地を作らないような配慮も必要である。
 また、植栽樹種については広葉樹高木の採用を希望する意見もあったが、過去の海岸防災林造成での実績や過去および3.11後の植栽試験の結果などから海岸の最前線部は耐潮性の広葉樹低木およびクロマツとし、クロマツは出来る限り抵抗性クロマツを採用することおよび陸側で広葉樹林を造成するとしても活着率の低さを考慮して無理に植栽せずクロマツ等の成長後の自然侵入や補植による方法が有効であるとされている。さらに、苗木の供給に関してもコンテナ苗の採用や農民による苗木の増産などによって必要な量の確保の目処がついたようで、被災後10年までに植栽を完了させるという目標は達成できるのではないかと思われる。   

  

4.海岸防災林再生の中期的課題

 植栽完了後は保育の時代に入り、スギ・ヒノキの人工林なら下刈り、除伐の時代になるが、かつての海岸林では砂堀り、補植、風除け保護等が不可欠だった。現在の海岸環境はかつてとかなり異なり、幸い現在までは大きな高潮や潮風害もなく生育は順調である。しかし、仙台平野なら蔵王颪など内陸からのものも含め強風害や干害もあるので初期の保育は油断ができない。
 その後のクロマツ林では落葉落枝や下草を定期的に除去してクロマツ林に適した生育環境を維持する必要がある。また、いまだ全国で猛威を振るうマツ材線虫病についても万一発生した場合の万全の防除体制を今から整備しておかねばならないだろう(三保松原の松林保全技術会議、2014)。実はマツ材線虫病の感染を抑えるためには、樹幹の直径が10cmを超える頃からマツノマダラカミキリの駆除を徹底する必要があると言われる。このカミキリの幼虫は直径10cm以上の枯れたマツの樹幹内で成長するからである。したがって、羽化前に枯れたマツを捜して伐倒し、焼却等の処分を徹底する必要がある(広葉樹と混交したマツ林ではこうしたマツを捜し難いと言われる)。そのためにはマツ林の定期的な監視が不可欠である。
 さらに成長した海岸林では本数調整伐も必要であるといわれる。かつてのマツ林では飛砂の防止のためにうっぺいした樹冠が必要だった。またマツ林では落葉落枝や潅木ばかりでなく劣勢木化したマツまでも燃料資源として採取されていた。そこでは本数調整が自然に行われていたと言える。しかし現在は全国的に見ると広葉樹の侵入とともにマツ林自身も過密なものが目立っている。そのため、海岸林であっても本数調整伐が必要とされる。適切な本数調整伐の方法の確立が必要である。一方で海岸防災林にふさわしい広葉樹の管理方法の確立も必要であろう。
 ところで海岸林の保育やその後の保全管理のためには技術的課題の解決だけでなく、人手の確保が不可欠である。海岸林が国有林や県有林であっても適切な管理を公的組織だけで担うのは現状では不可能である。すなわち適切な管理に実行するには地元との協力体制の確立が前提となる。本数調整伐やマツ材線虫病防止のための薬剤散布、管理道・作業路の整備等は公的主体が行うとしても、落葉や下草の定期的な除去、枯れたマツの早期発見のための監視活動などは地元の協力に頼るほかない。現在、全国各地で海岸林を護る会が活動していることは良く知られている。しかし、多くは著名な海岸林を護るものだろう。すべての再生海岸林にこうした組織を作ることが最も重要な中期的課題かもしれない。それには地域の人々への海岸林の意義の普及を含めた行政の努力が不可欠だろう。   

  

5.海岸防災林の将来像

 再生林に限ったことではないが、海岸防災林のさらに長期的な課題としては海岸侵食対策、レベル2クラス(1000年に1度規模)の巨大津波の減災対策、そして砂浜海岸における自然生態系の再生の3つの課題が考えられる。
 近年、全国の海岸で海岸侵食が進行している(太田猛彦、2012)。その勢いはますます加速するものと思われ、さらに地球温暖化による海面上昇や台風等の暴風の増加・巨大化を考慮すると、海岸侵食対策は決しておろそかにすることのできない課題である。しかしながら海岸への砂の供給量を増加させる根本対策は大規模な養浜工事を見込めない中で不可能に近い。したがって、海岸および海中での侵食防止対策の徹底と継続しか考えられないが、それを後述する海浜自然生態系の再生・保全とどのように折り合いをつけるかが難しい。
 現在レベル1クラスの津波の被害を防止するための防潮堤の工事が仙台湾を中心に進んでいる。またレベル2クラスの巨大津波を想定した住宅の高台移転や港湾施設の整備も進められている。しかし港や都市、集落以外の地域で汀線近くに一律高い防潮堤の建設が必要かどうか、考えてみる価値がある。筆者は3.11の直後から「多機能海岸防災林」という言葉で表現されている人工的な盛土(日本海側の砂丘のようなもの)を海岸林の内陸側に計画し、レベル2クラスの巨大津波に備える可能性を示唆してきた(太田猛彦、2014)。そのためには最初に土地利用だけでも決めておき、工事は長期計画の下で行えばよいと言ってきた。
 しかし、3.11の直後は防潮堤の早期復旧を望む声と期限を切られた復興予算の執行という災害復旧行政の仕組みにしばられて仙台湾ならばTP+7.2mという防潮堤が一律建設されることになり、現在ほぼ完成に近づいている。最近、平時に海が全く見渡せない高い防潮堤の設置に対する不満が取りざたされているが、安全重視の意見もあって被災砂浜海岸全域でのレベル1クラス対応の防潮堤の設置は既成事実のようである。
 筆者は安全面からも災害時に海が見えない状況は好ましくないと思っている。次の災害がどのような形で起こってくるかはわからない。その時視界が効かない状況では適確な判断は期待できない。前述の多機能海岸防災林ならば汀線から盛土の頂上までどこからでも海を観察できる。さらに1年間の大部分で海浜の風景を眺められるのである。最近この考え方に近く、レベル2の津波の減災も意識した“防潮堤の機能を兼ねた海岸防災林”が浜松市の遠州灘海岸で築造されている。
 最後に、海岸防災林が真に海岸林らしくあるためには、「白砂青松」と呼ばれて日本の伝統文化ともなっているマツ林を中心に、海と陸との生態的連続性を取り戻し、砂浜の自然生態系を再生することが理想であると思っている。海浜生態系の維持については3.11後の被災海岸に早くも新たな生態系が形成されており、それらの保護の必要性が議論され、そのことを考慮した海岸防災林の造成が進められている。確かに現存の生態系を護る意味は尊重したい。しかし一方で人の営みの安全のみを主張して海から陸への自然環境の連続性を分断する高い防潮堤が築造されてしまった。この問題の方がはるかに深刻であると思う。
 筆者は前述の多機能海岸防災林を造成することにより、海と陸との連続性を再び回復させ、且つレベル2クラスの津波にも有効に対処できる海岸防災林の造成が可能であると考えている。実は今からでも遅くはない。50年、100年の長期計画で造成し、その後現在の防潮堤を撤去すれば良い。
 海岸地域は本来人が暮らすには危険な地域であるが、便利で自然が豊かな地域でもある。私たちの暮らしが守られ、且つ自然豊かな海岸環境を創出する海岸防災林を長期的視点に立って造成することは必ずしも絵に書いた餅ではないだろう。   

  

引用文献

 太田猛彦(2012)森林飽和、258pp.、NHK出版、東京
 太田猛彦(2014)福島・理想の海岸林再生、グリーン・パワー、2014年8月号、 6-7
 三保松原の松林保全技術会議(2014)三保松原の松林保全に向けた提言書〜霊峰富士を望む白砂青松の美しい松原を次世代に引き継ぐために   

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