海岸防災林の課題

●以下は、ぐりーん&らいふ2015年冬号に掲載された報告「東日本大震災その後 第3回 海岸防災林の課題」で、おもに林業関係者にお読みいただきたいものです。
  

  

防潮堤の機能を兼ねた防災林を


 本稿では再び海岸防災林を採り上げる。その理由の一つは、東日本大震災の経験から巨大津波に対する多重防御の一翼を担うことになった海岸防災林の整備は、南海トラフ巨大地震で被災が見込まれる地域でも不可欠と思われるからである。また、暴風や高潮、飛砂など海岸地域での通常の災害の防止や良好な景観、保健・レクリエーション機能、生物多様性保全などの海岸林の多面的機能を高度に発揮させるためにも、広葉樹が侵入し、マツ材線虫病の被害も多いクロマツ林を中心に、海岸防災林の整備は喫緊の課題だからである。   

  

課題1:防潮堤との協調

 東日本大震災の巨大津波に襲われた砂浜海岸ではその直後から防潮堤の建設が開始され、現在大部分の地域で工事が完了しつつある。その規模はレベル1(100年に一度程度)の規模の津波の被害を防ぎ、レベル2(1000年に一度程度)の規模の津波の減災に供するものとされ、おもに海岸林の海側(汀線と海岸林の間)の海岸保全区域(国土交通省の管轄区域)に造られている。大震災直後には何よりも安全第一の声が大きく、復興予算は執行期間が限られていたため、性急に計画されたこともあってのことだが、場所によってはその頃から高い防潮堤の建設を疑問視する声も上がっていて、その声は現在むしろ大きくなっているようにも思う。
 筆者も当初からすべての砂浜海岸に一律に高い防潮堤を建設することには反対を表明してきた。港湾地区やそれに続く都市域では防潮堤の建設は必須である。しかし、農地や広い海岸林のある地域にまで一律に高い防潮堤が必要だろうか。このような地域でも安全第一に替わりはないが、一方で高い防潮堤は海と陸との自然の連続性を断ち切ることによって砂浜と海岸林が一体となって育む海浜生態系を破壊し、白砂青松と称される美しい景観を損ない、保健・レクリエーション機能を減退させる。
 さらに、将来レベル1の規模を超え、防潮堤を乗り越える津波は確実に発生する。その津波が今度はどのような形で襲いかかるかを私たちは予想できない。その時、海岸地域に居た人々にとって五感の中の知覚を失うこと、つまり海が見えないことによる危険の増大は計り知れない。
 このようなことを予想して大震災後に林野庁が設置した海岸防災林の再生に関する検討会の報告書では「多機能海岸防災林」という考え方を提示していた。報告書では明示的には示されてはいないが、筆者は防潮堤の機能と海岸防災林の機能を一体化した図のような海岸林を提案していた。すなわち、海岸防災林の内陸寄りに強固な防潮堤を構築し、それを覆うように盛土をして海岸防災林を造成するのである。この方法で防潮堤と海岸林を一体化すれば、通常の海岸防災林の機能に加えて、海浜生態系保全、景観保全、保健・レクリエーション機能発揮などにも対応でき、さらに防潮堤部分の高度を稼げる場合にはレベル2クラスの津波の防災も見込め、海岸林の津波減災機能は飛躍的に高まるものと思われる。そして、万一津波に襲われた場合でもその様子を目視できる可能性も確保される。
 残念ながら現在のところ、東日本大震災の被災海岸でこのような海岸防災林は造られていない。実際には多くの困難が予想され、特にいわゆる縦割り行政の壁を打ち破らなくてはならないからだろう。しかし現在、このような構想に近い防潮堤の建設が遠州灘に面する海岸(浜松市)で進んでいる。すなわち、ほぼレベル2に相当する津波に対応可能な強固な防潮堤を海岸防災林内に設置し、それを覆うように海岸防災林を復元するもので、その延長は天竜川河口右岸から浜名湖までの延長17キロメートルに達する。ここでは詳細を紹介する余裕はないが、実際には数十年かけて計画すればよいので、南海トラフ巨大地震が予想される地域を含めて全国で考えてみてはいかがだろうか。3.11の被災海岸でも“防潮堤の機能を兼ねた海岸防災林”の完成後に現在の防潮堤を撤去すればよいのである。但し、計画の推進には地元のリーダーの縦割りの壁を越える指導力が必要であろう。   

  

課題2:既存海岸林の整備と管理

 海岸防災林に深くかかわるようになってから、各地の海岸林を訪れてみて、間伐遅れの人工林の整備と同様に既存の海岸林の整備も急ぐ必要があることをいまさらながら強く感じるようになった。課題は二つ。海岸林の立地環境の整備・保全とマツ材線虫病を“微害で維持する”管理である。
まず、現在の海岸林がほぼ成立した1960年代頃までと現在を比べると、その立地環境は大きく変化している。そもそも海岸林造成の端緒となった飛砂害は減少し、海岸地域での里山林の機能を担ったマツ林でのバイオマス利用(燃料としての松葉や枯れ枝、下草・潅木等の利用)が消滅した結果、落葉が蓄積し、下草が繁茂してマツ林にふさわしい貧栄養な環境も失われた。そのため、全国の海岸マツ林で総じて下層植生が繁茂し、特に土壌の肥沃化によって広葉樹が侵入し成長している。かつて頻繁に行われた松葉掻きは貧栄養の土壌で菌根菌と共生するマツの生育にとって極めて有効であったのである。
 したがって、海岸林としてマツ林を維持するならば、早急にその立地環境の整備が必要である。まず、ニセアカシアなどの広葉樹や下層植生を根株ごと除去し、その後、松葉掻きや草抜きを復活する必要があるが、それには膨大な作業量が見込まれる。また、これまで海岸林では本数調整伐(いわゆる間伐)は考えられていなかったが、前述した立地環境の変化やマツ林の成長によって本数調整伐が不可欠となっている。これらを含めて地域で整備するマツ林の順序を決め、地元民やボランティアの力も結集して対応することになろう。
 一方、海岸林に適した樹種としてのクロマツの優位性は現在も変わることはないが、唯一の弱点はマツ材線虫病から逃れられないことである。抵抗性クロマツも万全ではない。
 外来の強力な伝染病であるこの病害は「松枯れ」または「マツクイムシの被害」と呼ばれて明治時代末期から認識されてはいたが、マツノザイセンチュウが在来のマツノマダラカミキリと強固な共利共生関係を築いて勢力を強めた結果、長年の防除対策の甲斐もなく現在は東北地方北部までで蔓延している。
 実はマツ材線虫病は、例えば鳥インフルエンザの疑いがあるニワトリがたった一羽見つかっただけでも、その養鶏場の何万羽ものニワトリを一挙に処分してその病気の侵入を防いできたように、最初に徹底的に駆除すべき強力な伝染病であったのだが、そのことがわかったのは今から二十数年前であった。つまり、マツ材線虫病の完全防除は当面不可能なのである。
 したがって、あるマツ林を保全するためには、そのマツ林でマツ材線虫病を運ぶマツノマダラカミキリの徹底駆除を継続するとともに、そのマツ林の近隣数キロメートル以内のマツの徹底防除またはマツそのものを排除して、外部からのマツノカミキリの再来を防ぐ必要がある。したがって、防除関係者は上述したこの病害の深刻さを理解し、マツノマダラカミキリ駆除のための薬剤散布や枯れマツの幹での幼虫の羽化を防ぐための感染木の伐倒・焼却(クン蒸)処分、幹内のマツノザイセンチュウ駆除のための薬剤注入を組み合わせて行うマツ材線虫病を微害のレベルで維持する管理が必要なのである。特に、マツ枯れ木の発見には材線虫病の発病メカニズムを十分理解した地元民やボランティアを含むマツ林監視員が必要であるといわれる。   

  

海岸地域の土地利用を考える

 かつて海岸地域はその厳しい自然環境ゆえに人を寄せ付けなかった。しかし、人口の増加とともに次第に海岸の土地利用が進み、それに伴って海岸林が整備された。しかし戦後は社会の発展、特に高度経済成長期以降、砂浜海岸でも漁港や港湾の開発を契機とした都市化が進み、海岸の自然環境や生態系は大規模に喪失してしまった。
 東日本大震災からほぼ5年が経過した現在を改めて海岸地域の土地利用を考える機会としたい。
 そして南海トラフ巨大地震への対応や海岸の自然の保全を共に考慮した新しい海岸地域の土地利用を構想する必要がある。そのとき、新たな課題として意識しなければならないのは通常の災害すなわち高潮災害や豪雨災害の巨大化と侵食問題である。原因としてはいずれも温暖化による台風や豪雨の激化や海面の上昇(海水の膨張と氷河や氷床の融解による)が知られているが、後者については筆者が著書『森林飽和』で提示した山地での森林の充実による土砂生産の減少によって海岸への砂の供給が減少している影響が大きいと見ている。
 したがって、海岸林では飛砂防止に替わって海岸侵食防止対策が必須となるかもしれない。海岸地域を安全かつ自然豊かな地域として維持することも森林・林業関係者の責務の一つと言えるであろう。   

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