フクシマ森林・林業再生

●以下は、ぐりーん&らいふ2015年秋号に掲載された報告「東日本大震災その後 第2回フクシマ森林・林業再生の現状」で、おもに林業関係者にお読みいただきたいものです。
  

  

対策を明確にし、本格的な森林整備を


 東日本大震災によって発生した福島第一原子力発電所の事故では放出された大量の放射性物質によって森林も汚染され、福島県を中心に林業は大きな打撃を受けた。あれから4年半が経ち、森林そして林業の再生はどのようになっているのだろうか。筆者は本誌2012年春号で当時の汚染の実態と除染の方法等について解説した。その直後、はからずも除染方法を技術的に検討する環境省の環境回復検討会(座長:鈴木基之東京大学名誉教授・元環境審議会会長)の委員に指名され、以来、森林の除染問題に直接関わるようになった。本号では汚染された森林および除染の現状、林業の再生に向けた動向等について報告する。   

  

森林および林木の汚染の現状

 福島県は面積100万ha弱を有する全国第4位の森林県であるが、そのほぼ東半分が事故当時、人の生活に影響を及ぼさないと国際的に認められている汚染基準(空間線量率0.23μSv/h)を超える汚染を受けた。空間線量率の平面分布は事故発生当時の気流(放射性物質の拡散経路)や降雨状況、地形、標高などによって地域間でも地域内でもバラツキが大きく、林分内や樹木周りの放射性物質の付着状況も一様ではなかった。その後、森林内の空間線量率は全域でほぼ理論どおりに減衰し、その値は事故後5ヵ月を経た2011年8月に比べても2014年3月には約50%低減している。
 一方、樹木および土壌中での放射性セシウムの分布は大きく変化し、事故当初スギ林では落葉層・葉・土壌の順、落葉広葉樹では落葉層・土壌・葉の順に分布していたものが、2年後には共に大半が土壌中に分布するようになった。しかし土壌中での分布は土壌表層5cm深程度までに集中しており、深部への移動は見られない。
 これは放射性セシウムイオンが土壌粒子に極めて強固に固定される性質があるためで、その性質は土壌中での有機物や他のイオンの存在にもあまり影響されず、移動しやすい水溶態セシウムは極めて少量であるためという。そしてこのことはチェルノブイリなどでのモニタリングでも証明されている。したがって、森林内外での放射性セシウムの移動は土壌粒子の移動、すなわち表面侵食や表層崩壊などによる土砂流出(土壌/濁水を含む)に注目して対処すればよいことになる。
 しかし微量のセシウムの移動は樹幹内でも認められる。すなわち、樹幹内でのセシウム濃度の分布は事故発生当時も現在も圧倒的に樹皮に多く、木部に少ないが、徐々に減衰しながらも分布形は内部で増加する形に移行している。また、木部内では心材よりも辺材に多いが、長期的にはスギでは心材に多く、広葉樹では辺材に多い一定の分布形に近づくという。そして、実用的には空間線量率が高い森林ほど材等に含まれる放射性セシウム濃度も濃いという。なお、事故後福島県が行った県内の製材工場での製材品の表面放射線量調査(11回実施)では、環境や健康に影響しないと評価できる値が測定されており、一方で林野庁によると、890Bq/kgの木材(木炭や木質ペレットの利用基準値より大きい)で囲まれた居室で生活した場合でも、その追加被爆量は自然放射線による被曝量より十分小さいと試算されたという。現在福島県から出荷されている木材は基本的に安全といえるだろう。   

  

これまでの森林除染

 福島第一原発事故による汚染地域の除染は環境省が全体を所掌して帰還困難区域を含む除染特別地域では国直轄事業で、汚染状況重点調査地域では市町村事業(国が予算措置)として行われている。また森林については林野庁も関与し、住居等の近隣の森林(エリアA)および人が日常立ち入る森林(エリアB、ほだ場を含む)ではおもに環境省が除染方法等を指導するのに対し、A、B以外の森林(エリアC)では環境省と林野庁が連携して除染方法等の調査・研究を行っている。
 このうちエリアAを中心に行われてきた“森林”除染は、林縁から20mまでの除染区域で落葉落枝を除去することを原則として行われてきたが、そこからの土砂の流出や森林内の渓流から放射性物質を含む水が流出するのを防止することが求められているように、実は居住地(農地を含む)のための“森林”除染であった。つまり森林は放射性物質の閉じ込め場所として扱われているのである。したがって一般論として、林業地である森林(エリアC)を除染して放射性物質を森林外(ほとんどが居住地)に持ち出すことは、その貯蔵場所が確定していない限り原理的に難しい。森林の除染はそのようなハンディキャップを負わされていることを知り、また人々に知ってもらうとともに、出来る限り森林内で放射性物質を処理して居住地への影響を少なくする必要がある。
  

  

林業の再生に向けて

 上述したように、森林(エリアC)の除染においては、広範囲にわたって落葉落枝等の除去を行うことは除去物の処理が難しい上、土壌流出や地力低下による樹木への悪影響も考えられ、さらに費用の面からも現実的ではない。一方、森林内に蓄積している放射性物質が水・大気系を通じて森林外へ流出・拡散する割合はかなり小さいが、森林内には部分的に下層植生が著しく衰退している個所もあり、このような個所から放射性物質が流出する可能性は否定できない。
 このような状況であっても福島県での主要産業である林業の再生は地域の復興のためには欠かせない。そこで林野庁と福島県はまず汚染状況重点調査地域の森林で、これまでの森林除染での知見と継続中の調査・研究の成果を踏まえた放射性物質への対処法と、林業再生に向けた間伐等の森林整備とを合わせて行う実証事業を実施している。(環境省はエリアCで住民の安全・安心の確保のための、森林から生活圏への放射性物質の流出・拡散の実態把握とその防止対策の実証事業を行っている。)
 林野庁は@森林内での放射性物質のモニタリングやA間伐施業・表土流出防止工などによる放射性物質拡散防止技術の開発(伐採木の林内活用を含む)、Bそこで得られた効果的な技術を実行に移すための実証事業(林内作業者の被曝低減策など)、さらにはC林業再生に向けて一般的な森林整備事業と一体的に実施する「放射性物質対処型森林・林業復興対策」と称する実証事業(事業地での放射線量等分布調査・森林所有者との合意形成・伐採に伴い発生する副産物の減容化などを含む)等を実施している。また福島県でも間伐等の森林整備と路網整備を一体的に実施して森林の公益的機能を維持しながら放射性物質対策を行う「ふくしま森林再生事業」として、針葉樹間伐や広葉樹更新伐、林床の土壌被覆(木材チップの散布や客土吹き付け)による空間線量率低減効果調査などが行われている。
 これらを踏まえると福島県での林業の再生に向けては以下のような方策が考えられる。
 まず空間線量率の分布や地形等を考慮しながら、地域を作業の安全性・伐採木等の利用可能性で区分する。そのために林野庁はすでに決められているきのこ原木・木炭・木質ペレット等の安全基準値に続いて、そろそろ木材の利用に向けた基準値や検査方法等も定める必要がある。作業の可能な地域から、裸地化している林分での間伐→下層植生の回復を優先しつつ、林業の再生に向けて必要な林分で間伐を中心とした森林整備を行っていく。間伐はそれ自体で一定の空間線量率低下が見込めるが、間伐材や枝條等を林外への持ち出す場合の放射性物質対策を明確にしておく。きのこ原木生産を行ってきた広葉樹林では更新伐も考慮する。
 頻繁に作業員が往復する作業道・林道・土場・作業場等の路面の除染を可能な限り行う。路面の空間線量率低下には間伐材をチップ化して散布することが有効である。この方法は材を林外へ持ち出さなくて済むので、空間線量率の高い地区で特に有効であろう。また最近の研究によれば、散布したチップはその中の糸状菌がセシウムを吸収するので、1年後に回収して焼却等で減容化処理すれば大きな除染効果があるという。なお、道路を作設する場合は施工の影響による土砂・濁水等の流出を極力防止する。
 林内で作業を行う者はすべて被曝量管理を行う。林内の作業に高性能林業機械を用いることは作業員の被曝量低減に有効である。ただし、路面や林床の攪乱(裸地化)は絶対に避けるべきである。この場合もチップ等の敷設が有効である。伐採による枝條等も含めて木質バイオマスの発電利用や小型ボイラー利用を促進する場合の対処方法も明確にし、林業の復興に至るまでの間も林産物のできる限りの利用推進を図るべきであろう。   

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