森林除染

●以下は、ぐりーん&らいふ2012年夏号に掲載された緊急報告「森林の除染」です
 その後、環境省の「環境回復検討会」の委員に就任し、森林の除染のあり方についての審議に加わりました。
  

  

森林の除染


 東日本大震災における東京電力福島第一原子力発電所の事故により福島県を中心に広範囲に広まった放射性物質は森林にも重大な汚染を引き起こし、いまその除染が問題になっている。しかし汚染された森林地域は広大であり、放射性物質の森林での挙動も十分に解明されておらず、手探りの除染が始まったばかりである。
 筆者は放射性物質については何の知見も持ち合わせておらず、関係研究者の調査・研究成果を自分の森林水文学の知見に重ね合わせて判断しているに過ぎないが、今般林野庁から、森林における放射性物質の除去及び拡散抑制等に関する技術指針が公表されたので、その内容を関連情報や筆者の感想も含めて紹介する。森林の除染については直接関係する地域内だけでなく、広く全国の森林・林業関係者の関心事と思われるので、この機会に報告することにした。   

  

森林における放射性物質の汚染とその動態

 放射性物質による森林の汚染は、その飛散の時期が落葉樹の開葉前であったので、落葉樹と常緑樹(大部分はスギ、ヒノキの人工林)とで実態が大きく異なる。すなわち放射性物質は昨年夏の時点で森林土壌内に20%前後存在するほか、落葉樹林ではかなりの部分が落葉層に付着しているのに対し、スギやヒノキの常緑針葉樹林では葉や枝にも多く付着し、現在も枝葉と落葉層の両方に存在している。また、半減期が約30年と長いので問題になっている放射性セシウムはカリウムと同様に水和性があるが、容易に粘土に吸着・固定され、粘土成分が少ない土壌でも大部分が表層土の5cm程度にとどまっている。しかもいったん粘土に固定されると水に溶けにくい性質を持っているようで、これらの特性はチェルノブイリ事故での土壌汚染の場合も同様であったという。
 したがって、森林の除染はこのような汚染の実態を十分理解した上で効率的に行うことになろう。また、放射性セシウムの森林外への移動阻止にあたっては、水そのものよりも落葉等や土粒子の混じった濁水の移動を阻止することが重要となる。他にも、例えば有機質水和物の一部に入り込むといったような形で移動する放射性セシウムも存在する可能性があるが、量的に無視できると考えられているようである。
 チェルノブイリのデータから判断しても放射性物質は今後も長期間森林土壌内にとどまると予想されるが、多少は森林生態系内で循環する可能性が大きい。これは、例えばきのこが汚染されていることからも分かるように、何らかの理由で一部は溶存態として水とともに移動することを意味し、この面に関しては樹体内も含めた放射性セシウムの移動の精密なモニタリング調査や今後の関連研究の進展に期待するしかない。したがって当然のことではあるが、汚染林内でのきのこやたけのこ等の採取・摂取は控えた方が良いらしい。なお、これらの食材の安全性に関しては政府の新基準を信用するしかないが、常に新しい知見を取り入れた改正を望みたい。安心のレベルではガレキの焼却問題等と同様に、科学的知見のみで解決される範囲を超えた問題であろう。こちらは個人個人が科学者の情報とともに先行地域での市民レベルの科学的情報(例えば測定データなど)も知った上で、冷静な信念に基づいて行動するしかないだろう。   

  

除染の方法

 森林の除染の目的は、@森林近傍の居住者、A入林者(近隣の居住者、森林で働く人々等)、B(主に下流の)地域住人に対する健康被害を阻止することと、C森林での生産基盤である樹木等の汚染を阻止することに大別できる。また除染の方法も@ACに対しては放射性物質を除去することであり、Bに対しては放射性物質を森林内にとどめてその拡散を抑制することに二分される。
 実際の対策は、まず@の森林近傍の居住者(住居等)を護るため、居住地近傍の森林の林縁から20m程度の範囲で落葉層を除去することで、この作業は昨年9月30日に公表された「森林の除染の適切な方法の公表について」等に従ってすでに始まっている。また、場合によっては常緑樹の枝葉の一部の除去も必要である。林縁部では特に枝葉が梢端から林床まで密集しているからである。さらに、常緑樹林では落葉層の除去を汚染された葉が全て落葉するまでの3年ないし4年間程度続ける必要がある。
 今後は今回公表された技術指針に従って、この範囲で立木を皆伐・全木搬出すること、及びAの入林者を護るため、ほだ場や集落と一体となった身近な生活環境の場の森林について、林縁近傍で落葉層・枝葉等を除去することになる。こうして空間線量率(シーベルトの単位で計る)を下げて被爆の低減を図るのである。
 一方Bの地域の住人を護るためには、放射性物質で汚染された土粒子の混じる濁水が林外へ流出するのを阻止することが必要である。濁水は豪雨時に地表流が出現する裸地斜面で、いわゆる表面侵食によって発生する。したがって林内に裸地が発生しないようにする必要がある。そのため、下層植生が衰退した人工林等では間伐を実施して林内に光を入れ、下草の成長をうながすことになる。また、裸地があって表層土が流出しそうな場所には柵工、伏工、積土のう工などの表土流出防止工を施工することや、濁水中の懸濁物質を除去する濁水防止工が考えられており、放射性物質の吸着剤や効果的な濁水防止法の実証研究がおこなわれている。
 ただ、間伐については、@やAを護るための必要に応じた間伐も推奨しているが、この場合は除去される放射性セシウムの量が落葉・枝葉等の除去に比べて少なく、作業量の割には効果が少ないのではないか。また、前述した理由でBを護るために間伐を行うという“意図”(この場合、放射性物質の除去の効果はほとんどないと思われる)が公表された技術指針等からは読み取りにくいので、唐突に「間伐」が出てきたように受け取られかねないと筆者は感じている。
 ところで@やAを護るために行う落葉層の除去そのもの、及び除去した落葉・枝葉・全木集材木等の搬出作業による林地の攪乱はその場所の裸地化につながるおそれがある。このため、例えば架線系集材システムを利用するなど、これらの作業は慎重に行う必要がある。また、場所によっては表土流出防止工等による土壌保全が必要となる。したがって、このようなリスクを犯してまでAを護る場合にまで落葉・枝葉等の除去を拡大して行く必要があるのかという意見は当然出てくるだろう。関連してIAEA(国際原子力機関)最終報告書は森林の除染に多くの時間と労力を投資する意味についてよく検討することを推奨している。
 Cの生産基盤を護る例としては、ほだ木採取林の健全化がある。この場合は落葉層等の除去のほか、採取木をいったん伐採し萌芽更新させることによって生産基盤としての森林の機能を回復させられる可能性があるが、実証研究はこれからのようである。しいたけ原木の供給者ばかりでなくその原木を使うしいたけ生産地のご苦労が察しられて心が痛む。
 農業関係者からは森林流域からの放射性物質の流出を恐れる声が大きい。しかし、前述のように放射性セシウムは粘土粒子に容易に固定され、ほとんど水に溶出しないという。したがって、懸濁物質を取り除いた清水の水田への流入はそれほど深刻な問題にはならないらしい。森林から濁水が流出したときのために、水田の手前に懸濁物質や流れてきた落葉を捕捉・沈殿させる施設を設置することが有効であるという。その施設として治山ダムの利用もあり得るとの話を聞いた。
 技術指針は落葉等の除去、枝葉等の除去、立木の伐採・搬出、除去物の処分方法、作業上の留意点などの作業マニュアル(林野庁広報誌RINYA5月号に掲載)のほか、除染地域の決定方法や除染順序、除染方法の選択、経費の積算等についても示している。

 なお、本稿の内容は現時点での筆者の理解に基づくものであり、今後の観測や研究の進展によって変更される部分あるいは筆者の誤解の発覚もありうる。関係者は常に新しい知見・情報の収集に努力されることを望んでいる。   

トップページへ戻る inserted by FC2 system