海岸林造成への視点

●以下は、グリーン・エージ2015年4月号の巻頭に「今日の課題:海岸林を造成する視点」として掲載された文書です。同誌では「特集:これからの海岸林造成を考える」を掲載しています。
  

  

海岸林を造成する視点


 東北地方太平洋沖地震の巨大津波によって壊滅した海岸防災林の再生事業は、植栽基盤造成の段階から苗木植栽の段階に進んでいる。他方、全国の砂浜海岸で進む巨大津波対策の一環として防潮堤や海岸林の見直しが始まっている。筆者はおもに東北地方と静岡県下で進められている3.11後の海岸林の再生や保全の課題を関係する諸先生とともに議論する機会に接してきた。その経験をもとに現時点で海岸林を造成する際の課題とその解決の方向性について筆者の感想を述べてみたい。読者諸兄の参考になれば幸いである。   

  

海岸林造成の目的

 おもに東北地方で行われている海岸林造成事業の第一の目的は、防風、防潮、塩害防止、飛砂防止などの防災機能を持つ“防災林としての海岸林”の造成であろう。近年人々はその機能を忘れがちであったが、林帯幅を確保した海岸防災林はいわゆるレベル1クラスの津波を防いできた実績がある。そのためには強固で健常な海岸林を早急に造成する必要がある。
 その際、人為的要素が加わっているとは言え砂浜海岸という環境に適応してきた実績を持つ唯一の高木であり、「白砂青松」と呼ばれて日本の伝統文化ともなっているクロマツによる海岸林の再生は多くの人々の願いであろう。筆者はこれを第二の目的としたい。
 加えて第三として、東日本大震災を経験して日本人が獲得した「減災」の思想を生かすべく考え出された、海岸林にレベル2クラスの津波の「多重防御」の一つとしての機能を持たせる目的が加わった。
 最後に、海岸林が発揮していた森林の多面的機能、中でも砂浜海岸の自然生態系の保全(生物多様性保全)機能や海岸を訪れる人々にとっての保健・レクリエーション機能の維持・再生という目的がある。   

  

往時と異なる海岸環境

 このような目的を達成する海岸林の姿としては、これまで存在していたクロマツ林を基本とし、新しい機能を付加した海岸林を再生するというイメージがまず思い浮かぶ。しかしながら伝統技術と近代技術を融合させて1960年代までに完成させた日本の海岸防災林の造成の最盛期と現代を比べると、海岸林を取り巻く環境は大きく変化している。
 まず、かつてマツ材ばかりか落葉・落枝、下草、さらには枯れ残ったままの枝までも材料・燃料・肥料として使われていたマツ林のバイオマスが燃料革命・肥料革命によって使われなくなり、落葉落枝の集積→土壌の富栄養化→広葉樹林化など生態遷移が進行し始めて、かつての貧栄養土壌条件下での菌根菌共生というマツの成長に優位な環境が失われてしまった。
 また、かつて日本海側では一晩に農家が埋まるほどであったという飛砂の発生が全国の海岸で減少している。その原因は海岸林の完成で飛砂の発生が押さえられたことのほか、全国の山地で森林資源が充実して土砂崩壊→河川への流出→沿岸への砂の供給というプロセスが縮退した点を筆者は重視している。その結果、全国の海岸で海岸侵食が進行している(因みに、その侵食量は全国のダム堆砂量と比較してもはるかに大きい)。
 さらにマツ材線虫病の蔓延がある。マツ枯れあるいは松くい虫の被害は明治末期に認識され、終戦前後から顕在化したとされるが、当時はGHQの強力な防除行政と枯れマツまでにも及んだマツ林バイオマスへの旺盛な需要によってマツ材線虫病は押さえ込まれていた。しかし、外来害虫であるマツ材線虫は在来のマツノマダラカミキリと強固な共利共生関係を築いて勢力を強め、マツ林の環境変化もあってその被害は東北地方北部にまで及び、現在も衰えることを知らない。   

  

新しい海岸林のイメージ

 こうした状況の中で最初に掲げた海岸林の造成目的をどのように実現するかが本号特集の論点であろう。筆者は自身の拙い経験のみからではあるが、以下のように考えている。
 暴風・潮風、高潮・津波、衰えたとは言え飛砂、さらには台風や温帯低気圧の巨大化を考えるとやはり海岸最前線の環境は厳しい。したがってこのような環境において実績があるクロマツ主体の造成は譲れない基本だろう(その際、地下水面の高いところでは根系伸長のための盛土が不可欠である)。アキグミ・シャリンバイ・トベラ・マサキなどの中・低木、カシワ(東北地方北部)などを最前線に配置するのも良いが、総じて風衝林形が低くなるという。海岸から離れるに従いクロマツのほか内陸性の広葉樹植栽も考えられるが、現場は砂地で気象環境も厳しいことを考えると安易な広葉樹植栽は無駄になることが多いだろう。さらに後方では高木性広葉樹や花木の植栽を試みてもよい。筆者は数百メートルの林帯幅を持つ堅固なマツ林の成立が海岸林の理想形と考えているが、マツ材線虫病の猛威を考えると理想の実現のためには造成後の維持管理、特にマツノマダラカミキリの継続的駆除に関してかなりの覚悟が必要である。
 一方、第三の目的を考慮して海岸林内の内陸側に十分高い人工盛土(人工砂丘)を造成しそこから汀線に向かってクロマツ林を造成する(陸側法面は広葉樹を植栽する)造成方法が最も有効であると考えている。この考えの原形は東日本大震災に係る海岸防災林の再生に関する検討会の報告書に「多機能海岸防災林」として提案されている。またこの考え方に近く、レベル2の津波の減災も意識した“防潮堤の機能を兼ねた海岸防災林”の造成が静岡県下で実行されている。
 さらに、筆者の最大の望みはこの機会に自然の砂浜海岸を維持し、あるいは回復させて第四の目的を達成することである。海浜生態系の維持については植栽基盤造成のための盛土もまかりならんという意見があると聞く。確かに現存の生態系を護る意味は尊重したい。しかし、同時に海岸地域での人々の営みとの調整を図る必要もある。一方で人の営みの安全のみを主張して海から陸への自然の連続性を分断する高い防潮堤が築造されている。筆者は前述した多機能海岸防災林を造成して(将来)防潮堤を撤去し、海岸の自然を復活させることで折り合うのが良いと考えている。同様の意味で、砂地の海岸に養分豊かな土壌を盛土して擬似的な“自然の森”を造成したとしてもそれは砂浜海岸の自然なのだろうか。   

  

マツ材線虫病の継続防除と維持管理の重要性

 それにしても外来の伝染病であるマツ材線虫病の猛威はいまさらながら深刻である。鳥インフルエンザの疑いがあるニワトリがたった一羽見つかっただけでも、その養鶏場の何万羽ものニワトリが一挙に処分されるではないか。マツ材線虫病はそのような伝染病であったのだが、“松くい虫”の被害と言われていた頃に私たちはそのような知識を持ち合わせていなかった。その後、研究者たちは媒介昆虫であるマツノマダラカミキリの徹底駆除を主体とした防除法を見出してすでに20年が経つ。しかし未だに非科学的主張がまかり通り、一方で徹底駆除への理解も一部関係者の範囲内に留まっている。あるマツ林を保全するためには、そのマツ林でのマツノマダラカミキリの徹底駆除を継続するとともに、その林縁から少なくとも2km、できれば5km以内のマツをすべて排除して外部からのマツノマダラカミキリの再来を防ぐべきだという。そこまでの深刻さを防除関係者ばかりでなく一般市民にまで理解してもらう必要がある。私たちもマツ材線虫病の発症メカニズムと防除法の詳細を改めて確認する必要がある。たとえ抵抗性クロマツ林を造成したとしても現時点では同様の防除体制が不可欠である。
 最後に、造成した海岸林の維持・管理方法の開発とその管理継続の重要性を指摘しておきたい。クロマツ林に適した林内環境の維持、クロマツ林や広葉樹林の本数調整、マツ材線虫病の継続的防除などは必須事項である。それらを持続的に行うためには、地域を巻き込んだ組織作りや林内管理道の設置なども不可欠であろう。   

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