福島・理想の海岸林再生

●以下は、グリーン・パワー2014年8月号に福島報告・未来へ森を・第20回として掲載された文書です。
  

  

福島で考える理想の海岸林再生・
まだ残されている計画検討の余地
―内陸側に盛土して造成を―


 東日本大震災の巨大津波によって壊滅的な被害を受けた東北地方太平洋岸地域の復興は「安全第一」と「早期復興」の声の下で防潮堤の建設を中心におもに宮城県下や岩手県下で進んでいる。しかし、高い防潮堤の建設見直しに見られるように、現行復興計画の推進に対する疑問の声も随所で上がっている。   

  

確保したい海と陸の連続性

 一方、福島第一原子力発電所事故の影響で復興事業が進んでいない福島県では先行地域で顕在化した諸問題を考慮して復興計画を検討する余地がまだ残されているように思われる。そこで改めて海岸林の再生について考えてみたい。ただ、筆者は福島県の海岸地域の状況をつぶさに存じているわけではないので、比較的頻繁に訪れている仙台平野での経験に基づく推測を含んでいることをお許し願いたい。
 海岸林の再生にあたって、筆者は当初から次のように主張してきた。@一般に砂浜海岸は沖積平野の海に面した低平地に存在する。そこは、津波、高潮、高波、強風害、飛砂害、塩害、河川からの洪水の氾濫、地震時の液状化など、本質的に危険な土地である。このことを考慮し、A将来の人口の動態や適切な産業形態を見込んだ計画とする。Bできる限り海と陸との連続性、すなわちサーフゾーン―汀線―砂浜―海岸林と続く環境の連続性を遮断しない「自然の砂浜」を残す。さらに、C海岸保全区域、保安林地区およびその背後の農地地区を一帯として捉えた防災・土地利用計画を策定する。その上で、D高潮や塩害、飛砂害など通常の災害を防ぐ。そして、E津波の多重防御の一翼を担う海岸林を造成すべきである。
 また、保安林区域に造成する海岸防災林の望ましい姿については次のように考えてきた。(ア)砂浜海岸の最前線の樹種は、そのような場所で成林してきた実績を持つ唯一の高木であるクロマツを主体とする。(イ)健常なクロマツの育成を可能にする植栽基盤を造成する。(ウ)林帯幅はできる限り広くとる。(エ)海岸から離れるにしたがって、立地環境の変化を考慮して、広葉樹高木も植栽可能とする。さらに、(オ)海岸林内の内陸側に十分な盛土を行って防潮堤の機能を持つ海岸防災林を造成することで、海岸保全地区での防潮堤の機能を代替させ、海と陸との連続性を確保する(図)。

理想の海岸林
防潮堤の機能を持たせた海岸防災林
  

  

特徴的な林帯幅200mの方針

 しかしながら復興事業が先行した宮城県や岩手県では、被災直後に上がった「安全第一」という当然の要望と、期限付き復興予算の獲得ならびに予算消化の要請から、十分な検討を経ずに、明らかに過剰と思われる防潮堤計画・復興計画が策定されたように思えてならない。そのため、前記A、B、Cを十分踏まえた計画とならなかったのではないかと考えている。従って、海岸防災林再生計画を含む海岸地域の復興計画についてまだ検討・修正の余地がある福島県では、改めて前期@〜Eを考慮した復興計画の策定・修正を望みたい。
 筆者は個人的には、自然が豊かな東北地方での海岸防災林の再生に当たっては、前記Bを実現する可能性を探ってほしいと特に願っている。例えば、海と陸との間に防潮堤によって壁ができれば、ウミガメは陸に上がれず、その産卵機会は狭まるだろう。海とラグーンや後背湿地との間の生物や水のつながりも遮断されるだろう。汀と海岸林の双方を生活の場としている種はその生存が脅かされる。白砂青松の景観も台無しである。従って、Bの実現も重要なのである。そのためには前記Aを十分検討し、海岸を、堅固な防潮堤で安全を確保する港や居住地の地域、防潮堤と海岸防災林を組み合わせて農業などを営む地域、背後に前記?を実現させて海岸に自然の砂浜や湿地を残す地域等にゾーニングした土地利用計画を地元の合意の下で策定する必要がある。それが防災ばかりでなく生物多様性の保全や景観の保全、保健・レクリエーション機能など「森林の多面的機能」を持つ海岸林である。その実現には地域の指導者のイニシアチブ発揮も不可欠であろう。   

  

海への眺望を排除しないで

 前記(オ)を推奨する理由はもう一つある。災害時に海の様子を観察できないという高い防潮堤が持つ短所の影響を懸念するからである。すなわち、次の災害はどのような形で襲ってくるか分からない。同じ形で襲ってくるなら防災対策はもう少し容易なはずである。つまり、大災害で適切な情報が届かなかった場合に、どのように対処するかを決めるのはその場に居合わせた人自身である。その時の判断は五感に頼るしかなく、その五感の中で視覚が失われる損失は極めて大きいと思われる。したがって、海への眺望を完全には排除しない、内陸側に高い盛土を持つ(防潮堤の機能を兼ねた)海岸防災林の有効性は検する価値がある。本年3月に南相馬市で開催された「ふくしまの森復興大会」で講演させて頂いた時、私は初めてこのことを公にしたが、講演後に賛同するとのご意見を頂き、意を強くした。すでに静岡県下では、防潮堤の機能を持たせた海岸防災林造成が進められており、参考になる。
 現実問題として、海岸防災林の造成は海側から早急に始める必要がある。それは、一刻も早く高潮、強風害、塩害など通常頻繁に起こる自然災害を防ぐ必要があるからである。最近公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書は、地球温暖化によって高潮の発生の可能性が高まっていると警告している。高潮への備えの必要性はますます高まっていると言える。
 これに対し、内陸側の盛土造成は数十年単位の長期計画で考えていけばよい。高い盛土を持つ海岸防災林が完成した後に防潮堤を撤去する方法も考えられるだろう。しかしその実現には前記Cで示したような、いわゆる縦割り行政を排した長期的防災・土地利用計画の策定が必要だろう。安全で、自然豊かな東北地方にふさわしい海岸地域の創造に向けて、地元の奮起を望みたい。   



●この件に関し、先に日本緑化工学会誌・第39巻/第3号(2014年2月)に寄稿した「日本緑化工学会功績賞を受賞して―お礼と雑感」のうちの「雑感」の部分を以下に示します。本文書の最後の部分が話題になっているようです。

  

  

日本緑化工学会功績賞を受賞して―お礼と雑感


日本緑化工学会と私

 このたびは日本緑化工学会功績賞を受賞させていただき、大変光栄に存じます。ありがとうございました。
   (中略)
 さて、このような機会に一文を寄稿するのが日本緑化工学会誌のしきたりのようですので、前例に倣い、最近の想いを述べさせていただきます。   

  

海岸防災林造成への想い

 3.11の東日本大震災の後、林野庁の「東日本大震災に係る海岸防災林の再生に関する検討会」の座長を務めたことをきっかけに、その後も宮城県下や静岡県下などで海岸林の造成問題に関わり続けています。必ずしも専門でない海岸林問題で何とか役割を果たせている(と思っている)のは、やはり緑化工学の研究者・技術者との長年のお付き合いのおかげであると思います。
 これに関連して2012年7月にNHKブックスから『森林飽和』を刊行いたしました。この本は小林達明先生にご執筆いただいた過分の紹介記事をいち早く本誌に掲載していただいた効果もあって刊行当初から好評でした。先生には特に感謝しています。その後も本書の反響は予想以上に大きく、作家高村薫氏のオピニオン記事や俳人宇多喜代子氏の随想などで大きく採り上げてくださるなど、文化人にも読者が広がっているようです。拙著『森林飽和』は必ずしも海岸林の問題だけを取り扱っているわけではないのですが、海岸林という特別な森林を理解するためにも、わが国の森林の変遷―森と日本人とのかかわりの変遷―を正しく理解することが必要だと思っていました。
 そこでNHK出版から声が掛かったとき、多くの日本人の認識とはあまりにもかけ離れている日本の森林の現状をより正確に理解していただくと同時に、飛砂防止のための造成に始まる海岸林の成り立ちにも言及して海岸防災林再生の一助にしてもらいたいと思い、導入部に3.11巨大津波と海岸林の関係の章を設けたわけです。
 海岸林のある砂浜海岸は基本的には海に面した沖積低平地であり、津波、高潮、高波、強風害、飛砂害、塩害、河川からの洪水の氾濫、そして地震時の液状化など、本質的に危険がいっぱいの地域です。しかし戦国時代以降、人口の増加に伴い砂浜海岸近くにも農業を中心とする人の営みが広がり、一方で山地での森林の劣化・荒廃の影響と見られる沿岸海域への砂の供給が増加し、全国的に飛砂害が激しさを増したようです。その結果、17世紀に入ると飛砂害防止を主目的に全国各地に海岸林が造成されました。
 こうして出来上がった海岸林にクロマツが多いのは、砂地という土壌条件と海岸という気象条件の下では結局クロマツしか成林しなかったからだと思います。そしてこのような海岸環境は基本的に半世紀前まで続きました。

 現在は山地・丘陵地での森林の充実、畑地管理の向上、平地の地表被覆、ダムや取水堰等による河川内での土砂移動の遮断、さらにはかつての川砂利の採取の影響もあって、総じて沿岸海域への土砂供給量は減少しているようです。したがって飛砂害は大幅に減少しましたが、海岸侵食はますます深刻になる一方だと思います。3.11後の海岸防災林の再生はそのような海岸の状況の中で、しかも松葉などの地表有機物の採取の必要もなくなった社会環境の中で始まっています。さらに東北地方の海岸の実態を見ると、汀線を含む海岸保全区域には防潮堤が造られ、海岸防災林はその背後に造成されています。つまり、わずかではありますが、海岸防災林は造られた防潮堤によって強風や高潮、高波、そして津波からさえも守られるのです(しかし、海から砂浜、海岸林へと続く生態系の連続性は犠牲にされてしまっています)。結局、海岸林の造成がさかんであった昭和中期までの海岸環境とはまったく異なる環境の中で再生事業は始まっているのです。
 このように考えると海岸防災林の造成は、先人たちの苦労に比べればいくらかは容易になっているのかもしれません。植栽可能樹種も増えているかもしれません。加えて植栽基盤土層への地下水の上昇を除くための盛土は土壌条件を変えることを意味します。盛土材料が無機質の山砂などですと物理条件の変化だけですが、仮に有機養分の多い客土をおこなうようですと土壌条件は砂浜海岸とはまったく異なるものとなります。つまり後者のような場合には、容易には変えられない気象条件を除いて、まったく異なる環境の中で海岸防災林を造成することになるのです。とにかく安全確保のために防潮堤を造り、何でもよいから森も造るのだ・・・ということなのでしょうか。もしそうなら、自然の森とか伝統文化を伝える森なんていうものではありません。
 私はそのようにしても海岸の気象条件は侮れないと思っています。手間をかけて厳重に保護すれば短期的には生育可能でも、例えば回帰確率10年以上の過酷な気象条件に遭遇すれば必ず問題が発生するでしょう。そのようなリスクを考えれば最前線でのクロマツの植栽は捨て難いものだと思います。
 そのクロマツでもかつての造成現場を見ると、密に静砂垣を組み、藁などでマルチングを施し、さらに何度も補植、場所によっては砂掘りをおこなってようやく成林させていたようです。植栽後の苦労が目に見えるようで、改めて再生事業の成功を祈っています。したがって現代人好みの広葉樹は海から離れた地域から徐々に植えるべきでしょう。このような心配が取り越し苦労に終わればよいのですが。
 現代の海岸地域の土地利用を見ると、多くの危険が予想される砂浜海岸であっても港が発達し、工場が進出し、都市化した地域も多くなっています。世界中の資源が海からやってくる時代だから仕方がありません。住宅地も海に迫っていますので、砂浜海岸の安全強化は至上命令でしょう。

 それにしても湖沼や河口などごく一部を除いて(よく調べていませんので間違っていれば訂正します)一律に海岸保全区域にレベル1の防潮堤(仙台平野で高さ7.2m)を築き、保安林内に海岸防災林を再生するという縦割り行政の結果、サーフゾーン―汀線―砂浜―海岸林と続く海と陸との連続性は長区間に渡ってことごとく断ち切られています。
 しかし、このような復興事業は東北地方の風土に似合うのでしょうか。防潮堤によって一定程度(レベル1)の安全を確保する地域を限定し、できる限り海と陸との連続性、というよりも自然の砂浜を確保する地域を残すべきだと思うのです。そのような地域では海岸林の中に防潮堤を造るとか、いわゆる第2線堤に第1線堤の役割も持たせるとか、方法はあると思います。現に前者の方法は静岡県下で実行に移されています。私が関わった海岸防災林の再生に関する検討会の報告書にもアイディアは載せてあります。
 巨大津波のあと、海岸防災林の植栽基盤の造成現場で生き残った希少種をどのように保護するかを話し合っていると聞きました。大事なことですので、工事手順の変更などで対処し、うまく保護してもらいたいものです。しかし、私は海と陸との連続性の確保や自然に近い植生の回復こそが重要だと思っています。実は汀線近くに造られる高い防潮堤によって海が見えなくなることは安全面からも問題だとも思っています。次の災害はどのような形で襲ってくるか分かりません。同じ形で襲ってくるなら災害対策はもう少し容易なはずです。大災害は予期せぬ形で襲ってくるのです。その時どのように対応するかを判断するのは人間の五感でしょう。その五感の中で視覚が失われることは大きな痛手だと思います。できるだけ海が見えるハード対策が原則でしょう。私は海岸林の中の、それもできる限り内陸よりに防潮堤を兼ねた人工砂丘を造るべきだと思っています。今からでも遅くはありません。時間をかけて造成し、最後に防潮堤を取り除けばよいのです。したがって、防潮堤は仮防潮堤でよいのです。その前に縦割り行政を排除しなければ実現しないと思いますが、地元の市町村が強力なイニシアチブを発揮すれば可能なのではないでしょうか。
 先日、防潮堤の建設現場を見せていただきましら、裏法に樹木を植栽し保護のために防風柵が施されていました。背後に海岸防災林が造られるというのに植栽環境が最も厳しいところに樹木を植栽し、当然ながらそれを保護するために防風柵を施すとはどういうことなのでしょか。ともかくどこでも樹木で緑化すればよいのでしょうか。仮に緑化が成功してもますます海が見えなくなります。この場合、頑丈に造られた防潮堤の機能が狭い林帯で向上するわけもないのに、視界だけは悪くなります。・・・一瞥してきただけの単純な感想です。
 私は、緑化工学は森林生態学の側面と自然環境学の側面を有していると思っています。かつて海岸林は緑化工学の主要課題でした。江戸時代以来の先人が苦労して育ててきた海岸林が成長し、一方で飛砂が減少したためにその機能は忘れられ、緑化工学の世界でも携わる研究者は少なくなりました。また、別に海岸林学会ができていますが、3.11以前には、その関心は防災面の研究よりも海岸に存在する森林そのものの研究やその維持管理に向けられていたように思います。3.11の巨大津波によって東北地方の海岸林が壊滅し、再び防災面の機能が重視されるようになったのです。私は生態学が専門ではありません。本稿は、強いていえば、自然環境学の側面から海岸環境を観察した結果の感想です。詳細は詰めていませんので、記述に誤りがあれば訂正します。
 海岸林の問題にはもう少し関わり続けることになりそうです。コメントやアイディアがあればお教え下さい。また、3.11後のもう一つの課題である森林の除染についても環境省の環境回復検討会の委員を務めており、本会会員の皆様にお知恵を借りてやっています。こちらの方もご支援よろしくお願いいたします。
 日本緑化工学会功績賞の受賞に際し、かなり個人的でわがままな感想を述べさせていただきました。本学会の品位を汚したかもしれず、申し訳ありません。貴重な誌面をご提供いただいたことに感謝いたします。   

トップページへ戻る inserted by FC2 system