森林の“多面的機能”と林業

●以下は、ぐりーん&らいふ2014年夏号に掲載された報告「森林の“多面的機能”と林業・森林整備」で、おもに林業関係者にお読みいただきたいものです。
  

  

適切な木材生産は多面的機能の持続的な発揮に[貢献]


 「森林の多面的機能」という言葉が森林・林業界に登場してすでに十余年が過ぎた。森林はさまざまな“多面的機能”を持っており、森林の整備にあたってはそれらを十分に発揮させることが森林・林業基本法によって求められている。しかし、林業の現場で具体的にどのように取り組めばよいのか。その方法については必ずしも明確に示されているわけではなさそうである。また、従来の公益的機能の発揮とはどのように異なるのだろうか。本号では、林業の現場でこの理念どのようにとらえ、どのように振舞えばよいのか、原点に還って考えてみる。   

  

森林・林業基本法の制定

 私たちがこれまで耳にしてきた考え方は「適切な木材生産を行えば、自ずと林業の“公益的機能”は発揮される」というものであった。具体的には@伐採・搬出で林地を荒らさない、A伐採したら必ず植栽する、B下刈り・除伐・間伐・枝打ちなどを適切に行う、C乱暴な道作りを慎む、などを実践すれば、(@)洪水氾濫や水飢饉を防ぎ、(A)土砂災害を防ぎ、近年は(B)保健・休養機能や(C)景観の保全、(D)地球温暖化防止などの公益的機能が発揮されるというものであった。
 しかし実際には一時期、奥山での大面積皆伐や拡大造林が行き過ぎて天然林が大規模に消失し、乱暴な伐出や林道作設によって山崩れや土砂流出が多発して水源涵養面や国土保全面で問題が生じたほか、前者によって貴重な動植物の生息環境が破壊されたことに国民の批判が高まった。
 おりから途上国を中心に世界中で森林破壊が大規模に進み、日本でも森林が破壊・減少していくのではないかと案じられたようである。
 さらに1990年代以降は生物多様性保全の面から針葉樹の単純一斉林や雑木を除去するような施業法にも批判が高まり、国民の間には従来の木材生産機能や公益的機能以外の森林の機能への関心が次第に高まっていった。さらに、地球温暖化や生物多様性の喪失といった地球環境問題の深刻化の中で、3.8兆円にものぼる累積赤字を出した国有林の抜本改革をきっかけに林業基本法が廃止され、森林の多面的機能の持続的な発揮を森林整備の第一目的とする「森林・林業基本法」が制定されたのである。   

  

8つの多面的な機能

 森林・林業白書で毎年引用されていることからよく知られているように、森林・林業基本法の理念と多面的機能の貨幣評価を審議した日本学術会議の2001年の「答申」では森林の多面的機能は8種類に分類されている。そして、森林の多面的機能全体の特徴としては、?森林は図 に示すような多様な機能を持っている、?一つ一つの機能には限界がある。しかし、多くの機能を重複して発揮でき、総合的には極めて有益である、?貨幣換算できない機能がある、?他の環境の要素と共同して発揮される機能がある、などが知られている。
 しかしながら、すべての森林が一様に8種類の機能を発揮するわけではないことは明らかだろう。例えば、平地にある森林が山崩れを防止することは通常はありえない。したがって、多様な機能の中には森林の立地条件によって発揮し得ない機能も存在している。実際には、D森林の立地条件によって発揮しうる機能にも重視すべき順番のようなものがある(これは森林の機能の“階層性”と呼ばれる)。   

  

重視すべき機能別ゾーニング

 ところで、2011年に策定された森林・林業基本計画では森林・林業の現場で考慮すべき機能として地球環境保全機能を除く7つの機能を考慮するようにうながしている。
 具体的には、市町村森林整備計画で同計画が対象とする林地が重視すべき機能別にゾーニングされる。個々の森林経営計画はこのゾーニングを参照して策定することになっている。
 ゾーニングは当該林地の立地条件や関係法指定を考慮し、関係者の合意形成を経て実施される。市町村森林整備計画はフォレスターの指導の下で策定されるので、フォレスターや市町村の同計画担当者は各機能の特性や計画地域全体にわたる森林の将来構想、さらには関係者の意向を十分把握していることが不可欠である。特に木材生産機能維持増進森林のゾーニングに当たっては森林の現況だけでなく、生産活動の可能性を考慮して実施する必要がある。
 このような市町村森林整備計画の策定プロセスから分かるように、森林の多面的機能の発揮は個々の森林にそのすべての発揮を求めているわけではない。あるまとまった地域として、具体的には市町村レベルで多面的機能のすべてを発揮すればよいといえる。
 そして、ゾーニングの各ゾーン内では求められる機能を中心にできる限り多くの機能を発揮させるように努力すべきなのである。もちろん、求められる機能のみを発揮すれば済むわけではないが、無理にすべてを考慮させる必要もないのである。   

  

生物多様性保全を加えた木材生産を

 さて、私たちが林業経営を行う場所の大部分は木材生産機能を発揮させるゾーンに区分されているはずである。したがって、そこでは木材生産を適切に行えばよいことになる。
 ただ、従来どおりの適切な木材生産を行うことが公益的機能を高めることになるといういわゆる「予定調和」論では成り立たない森林の機能として、例えば「生物多様性保全機能」が重視されるようになっている。この機能がいかに重要であるかは、生物多様性条約の下で世界各国が話し合う締約国会議が継続的に開催されていることからも明らかであろう。[日本では2010年に名古屋市で開催されたCOP10以降、特に関心が高まった。この会議で世界は「愛知目標」に同意し、2020年までに生物多様性の減少を食い止めることを宣言している。]
 さらに生物多様性の保全は絶滅危惧種や希少種が生息している森林だけを護れば済むものではなく、それを取り巻く日本のすべての森林が協力しなければ護れないことを理解する必要がある。すなわち、絶滅危惧種や希少種の保全はそれらが生息する森(コアゾーン)とそれを取り巻くバッファゾーンの森の両方を保護する必要があるとされるが、実際には林業のおもな対象である人工林も第二のバッファゾーンの役割を担っているのである。
 したがって、これからの適切な木材生産には前述の@〜Cに加えて、D生物多様性の保全に配慮することを加える必要がある。それが森林の多面的機能を持続的に発揮させる林業なのである。
 具体的にはこれまでの施業法や保育の考え方を一部で変更する必要がある。まず、単純な一斉林よりも複層林が好ましく、広葉樹下層木や枯損木を排除しない保育が望ましいとされている。また、渓流の周辺は生物多様性が高いので、植栽を避け自然林を残す必要がある。
 さらに、生物多様性を高めるためには多様な環境がモザイク状に存在するのが良いとされていることから、森林全体が常に伐採跡地や幼齢林を含む異齢の林分で構成されていることが望ましいが、それは伐採や植栽が毎年行われることを意味し、木材生産の持続性の面でも望ましいことである。
 以上より、ゾーニングによって木材生産が認められた地域ではDを加えた適切な木材生産を積極的に実行してよいのである。すでにはげ山や劣化した森がほとんど消滅した日本では森林を適切に伐採することは蒸発散作用による水消費を抑制することにもなり、水源涵養機能の面でも有効である。適切な木材生産を大いに進めてもらいたい。それが森林の多面的機能の持続的な発揮につながるのである。   

  

森林認証制度の活用を

 なお、FSCやSGECなどの森林認証制度は、認証された森林では生物多様性の保全を含めた森林の多面的機能を持続的に発揮する林業経営が行われていることを社会的に証明する手段である。
 したがって、現在どのような森林経営が推奨されているかの具体的事項は森林認証制度の認証基準やチェック項目を参考にすればよい。
 森林の管理・経営に携わるものは森林の多面的機能の発揮に積極的に努力する責務も負っているのである(森林・林業基本法第9条)。


 ・[ ]内の文章はホームページ掲載時に加筆したものである。
 ・森林の多面的機能とその階層構造(イメージ図)は省略しました。例えば、『森林の機能と評価』(木平勇吉編著、日本林業調査会、2005)26ページをご覧下さい。   

トップページへ戻る inserted by FC2 system