深層崩壊

●以下は、ぐりーん&らいふ2011年冬号に掲載された緊急報告「深層崩壊」です。   

  

台風12号による深層崩壊の発生と森林

 台風12号による紀伊半島南部を中心とした水害・土砂災害では多数の人命が失われた。この災害では2000mmを超す異常豪雨とともに深層崩壊の発生が注目されている。「深層崩壊」という用語はかなり古くから関係学会では使われてきたが、行政用語として用いられるようになったのは最近である。深層崩壊そのものを直接研究対象とするようになってからでも高々10年程度である。
  

  

表層崩壊と深層崩壊
( 1996年出版の拙著「水と土をはぐくむ森」(小学校
高学年用、文研出版)の44ページで説明している)

土砂災害の分類

 山崩れ、がけ崩れ、土砂崩れ、山腹崩壊、斜面崩壊、地すべり、山津波など、多くの類似用語があるが、これらの示す現象は少しずつ異なる。これらは地形学で言う侵食現象の一部(ほぼ集合運搬としてまとめられる)であり、地形学的な分類があるが、わが国では土砂災害防止の観点からの分類が一般的である。すなわち、山地斜面を中心とする、おもに豪雨、融雪、地震に起因する侵食現象(土砂移動現象)で土砂災害を引き起こすものは以下のように分類できる。
@表面侵食:裸地斜面や畑地で、降雨の表面流により土、砂、小石が削られ、運搬される(集合運搬に対し、落石などとともに各個運搬と呼ばれる)
A表層崩壊:山崩れ、がけ崩れ、土砂崩れ、山腹崩壊、斜面崩壊の大部分はこのタイプで、山腹斜面表層の0.5〜2m程度の深さの土層(通常基盤岩が風化した部分で、木の根などが侵入している土の層)が崩れる。
B深層崩壊:表層崩壊より深く、主として基盤岩内の岩質強度の弱い部分が崩れるため、表層崩壊より大規模になる。崩れるものの中心は岩や礫。
C地すべり:広義の深層崩壊に含まれるが、通常、特定の地質・地形条件下で繰り返し発生し、防災対策も特別であるため、深層崩壊と分けて認識されている。おもに地すべりを研究対象とする日本地すべり学会がある。
D土石流:A、B、Cにより移動を開始した土砂が、水や流木と一体となって高速で沢や谷や渓流を流下するもので、大きな破壊力を持つ。昔は山津波、山抜けなどと呼ばれた。
 このうち、深層崩壊の最近の発生事例としては、1997年鹿児島県出水市針原川、2003年熊本県水俣市集川などが有名である。   

  

「深層崩壊」について

   山崩れ、がけ崩れをもう少し詳しく分類する必要性は「森林が山崩れを防ぐ」現象を科学的に説明する必要上からでてきたものである。すなわち、健全な森林の根が周りの土を含めて自分自身を斜面につなぎとめる作用が森林が山崩れを防ぐメカニズムであるが、その作用は森林の根が届く範囲でのみ有効であるため、森林の根が届かない深い部分まで崩れる山崩れではその効果は発揮しにくい。したがって、森林の山崩れ防止効果が発揮できるような山崩れをその他のものと区別して「森林は表層崩壊を防止する」と言うようになった。
 こうして「表層崩壊」という用語は早くから使われていたが、表層崩壊以外の山崩れ(崩壊現象)は多くはなく、また地すべりは深い部分からの土体が移動する現象ではあるが、特別な対策が施されるために別に分類されることが多く、「深層崩壊」の用語はあまり使われなかった。現在深層崩壊と呼ばれているような山崩れは、大規模な山崩れとか大規模崩壊とか巨大崩壊とか呼ばれた。
 ところが近年、全国で森林が成長し、その効果で表層崩壊が非常に少なくなった。半世紀ほど前まで、総降雨量が300〜400mmを超えるような豪雨があると、表層崩壊が数千箇所、あるいは数万箇所も発生していた。現在は800〜1000mmの降雨でも山崩れは数百箇所程度しか発生していない。(この事実は、半世紀前まで日本の山地(とくに里山と呼ばれる部分)には豊かな森は存在しなかった、現在の途上国のような山々が300年以上にわたって日本に広がっていたという事実を知らなければ正確に理解することはできないだろう。→提言1をご覧下さい。
 実は深層崩壊は昔も今も同様の確率で発生している。前述のように昔は表層崩壊があまりにも多かったため、目立たなかったのである。山崩れと言えば表層崩壊であり、数個の表層崩壊土砂が集まって下流へ流出するのが土石流であった。しかしながら、以上の話は「降雨条件が変わらないとすれば」という注釈付きの話である。最近は、地球温暖化の影響と思われるが、豪雨そのものが増加している。したがって、実際には深層崩壊も増加している。一方で表層崩壊は森林の成長や治山事業、砂防事業の効果が発揮されて減少してきたため、さらに安全のレベルを向上させるための土砂災害対策として深層崩壊対策が重要な課題となってきたのである。
 なお、典型的な地すべりは@特定の地質条件で発生する、A地すべり地形と呼ばれる独特の地形を呈する、Bすべり面に粘土が存在する、C繰り返し移動する、D移動速度は年間数十センチメートルから山崩れのように瞬間的に移動するものまで様々である、などの特徴があり、地すべり防止対策工事が行われている場所も多い。瞬間的に移動するものは「地すべり性崩壊」と呼ばれ、地形や地質の特徴があまり強く出ていないところでは狭義の深層崩壊と区別がつかない。   

  

深層崩壊対策は難しい

 深層崩壊は強い地震の際も発生するが、豪雨によって発生するものは、@大量の雨が岩盤深くまで浸透する地質条件、A岩盤深くまでもろく崩れ易くなっている岩質、Bその下部には比較的硬い、水を通さない岩層が存在するなどの岩盤条件のところに、C大量の雨が供給され地下水が岩盤の中に溜まっていくことによって、その水圧に耐え切れなくなって発生する。崩壊土砂量は10万立方メートル以上、中には1億立方メートル以上のものもある。大規模なものの中には、崩壊土砂が崩れることなく、樹木が立ったまま小山が移動するように斜面を滑り落ちるものもあり、流れ山と呼ばれる。
 また、発生メカニズムからわかるように、岩盤中に水が大量に集まるためには時間を要するので、降雨中のみでなく降雨後に発生するケースも多い。したがって、雨が止んだからといって油断はできない。
 深層崩壊の発生場所を具体的に予測することはかなり難しいが、一般的には急峻な山地で、変成・変質を受けた比較的古い地層、断層・破砕帯と呼ばれる割れ目の多い地層、火山性の地層のところに過去の発生例が多い。昨年8月国土交通省より、そうした岩質や地表の微地形の特徴から深層崩壊の発生頻度を予測・分類した全国地図が公表された。
 深層崩壊は崩壊土砂量が大きいため、通常の砂防ダム等では完全に防ぐことができない。そのため、警戒・避難が不可欠であるが、場所が特定できないだけに、雨量が大きくなったときは常に山の状態に気を配り、通常経験しない音やにおいを感じたり、湧水の異常や小崩壊などを発見したときは安全な場所に避難することが重要である。   

  

土砂ダム/天然ダム

 渓岸や河岸で深層崩壊(地すべり性のものも含めて)が発生すると崩壊土砂が谷をせき止め、土砂ダム(天然ダムとも呼ばれる)ができる。ダムができるほどの土砂量がない場合でも崩壊土砂に勢いがあれば、土砂は対岸に乗り上げる。水量が多い河川に土砂が流入する場合は(ダムができない場合でも)流水を押しのけることにより段波と呼ばれる大きな波が発生する。
 土砂ダムは地震による深層崩壊でもできる。最近では岩手宮城内陸地震、新潟県中越地震の際に発生した。豪雨による深層崩壊で発生した最近の事例としては、2005年の宮崎県耳川の例があるほか、1889年の十津川災害では多数の土砂ダムができたことで有名である。
 土砂ダムによって出現したせき止湖の水量が増すと土砂ダムが決壊し、津波のような土石流(段波)が流下して二次災害を引き起こすことがある。前述の十津川災害ではそのために多くの命が奪われた。
 したがって、土砂ダムのせき止湖で決壊のおそれがあるところでは、ポンプや仮排水路を早急に整備して人工的に排水し、決壊を防ぐ必要がある。   

関連著作:
 深層崩壊の模式図に関して、水と土を育む森(文研出版、1996)
 深層崩壊等の分類等に関して、砂防学講座第2巻、254-282(山海堂、1993)

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